The Great Happiness Space: Tale of an Osaka Love Thief (大阪恋泥棒) 水曜日, 5月 23 2007 


The Great Happiness Space: Tale of an Osaka Love Thief is an award winning 2006 documentary about the hidden world of Japanese nightlife in Osaka’s Cafe Rakkyo. And now it’s available on Google Video!

Tales of an Osaka Love Thief – Table Of Malcontents

「大阪恋泥棒」でググっても日本語のサイトは殆ど見当たらないことから、未公開なのであろうか。こちらの方によると、「Best Film Not Playing at a Theater Near You(あなたの家の近くでは上映してない優秀作品賞)」というものにノミネートされていたのだそうである。


A host must charm his female clients with a charismatic personality (even to fake one) in order to have these clients spend as much as $500 a bottle of champagne for the host. A host must constantly analyze his clients’ mind in order to keep these girls’ dream alive so they will continue to spend tens of thousands dollars at the club each month.

The Great Happiness Space: Tale of an Osaka Love Thief (大阪恋泥棒) – YNOT at the Movies

ホストクラブを取材したドキュメンタリーであるらしく、日本人であれば利用したことがなくとも何となく常識として聞き及んでいる範囲の内容に留まっている模様で、それが未公開の理由かもしれない(Googleのvideoはcurrently not availableと表示されてしまい未だ見てない)。が、このようなものは外国人にはとても珍しかったようで、それは監督のコメントを読んでも良く分る。

The lives of the hosts and their customers at first seemed to be extreme and unfathomably foreign from a western perspective. Although many people in Japan see hosts as despicable I see hosts involved in something that is close to all of our hearts, which is the struggle between making a buck and doing the right thing. There is real fascination in looking at this strange form of emotional pseudo prostitution that caters to some women’s desires so successfully that they will got to almost any lengths, and pay thousands of dollars to consume it.

Director’s Statement – THE GREAT HAPINESS SPACE Tale of an Osaka love thief

もの珍しさからかどうかは分らないが、評判も上々だったらしい。

エンディングでは拍手喝采が会場に響き渡り、監督の挨拶が始まった。監督への質問がやまず、次の作品の上映があるのでと、質疑応答が途中で打ち切りになるほどの反応があった。

大阪恋泥棒 – SHONAN HIBEES Official Web Site

日本に来た女子留学生がクラブでバイトをしたとき、性交渉を持つわけでもなく単に1時間かそこら隣に座って他愛もない話を聞いてやるだけで大金が貰えることに吃驚していたという話をどこかで読んだことがあるが、ホストクラブも同じようなもので、このような擬似恋愛に大金が動く日本社会が奇妙に見えていることは間違いなさそうである。

上に引用した映画評の以下の部分が印象的であった。

A majority of the girls who buy the host service at these host clubs are in the adult industry themselves. These girls sell their bodies to make money then they spend the money on these hosts in order to satisfy the urge for love and to overcome their loneliness. The cycle never ends.

The Great Happiness Space: Tale of an Osaka Love Thief (大阪恋泥棒) – YNOT at the Movies

Hako Robo 水曜日, 5月 23 2007 


These are Hako Robo (Robots-in-a-cube) by toymaker Sega Toys. Not only are they cute desktop accessories, but they simulate real-life family relationships by moving in relation to each other, depending on who favors who, who protects who, etc. Did your mom bully you while your dad ran away? Did you always tag along with grandpa because he was a guiding source in your life? Watch how these robot families interact: As soon as you take them out of your case, they start running towards each other, away from each other, or a few steps behind. And like any family, they get stressed out and exhausted if they spend too much time together, so you have to put them back into their boxes before they pass out.

Robot-In-A-Cube Relationship Sim Toy – TokyoMango

家族間の関係性を再現する玩具なのだそうで、非常に興味深いが、何故か公式HPにはそのようなことを説明してる箇所が殆どない、というか分りづらい。

歪んだ平等主義 水曜日, 5月 23 2007 

公認会計士である以上、このような基礎的なことは当然理解した上で書いたものと想像するが、VBの経営者なんかはそのまま受け取りそうなので、敢えて書く。以下の部分は根本的におかしい。

抜けたメンバーが仮に20%の株式を持っていて、それをそのまま保有し続けるとすると、「他の経営陣ががんばったから上場までこぎつけたのに、初期に抜けたやつが大量のキャピタルゲインの恩恵にあずかるというのは『やめ得』じゃないか」ということで、残されたメンバーとしても納得しがたいところ。

「仲間で始めるベンチャー」と取得条項付株式 – isologue

もしもこのような感想を抱く「メンバー」がいたとすれば、そいつらは出資者と経営者の区別がまるで付いていない。株主はその企業に金を出した人間に過ぎず、金を出しただけで十分にその権利と義務を有する。その立場は他の経営者あるいは従業員といった立場とは別個に独立して存在する。であるから「抜けた」以上は頑張る必要など全くない。当然にその義務もない。何もしなくとも、株主と言う立場において「大量のキャピタルゲインの恩恵にあずかる」ことに何の問題もない。仮にその企業が倒産して株式の価値が0になったときは「やめ損」なのか? そんなことはないだろう。出資した分の資産を失うに過ぎず、それは辞めたか否かとは関係がない。

現役の公認会計士が例題を仮定するからには、このような学生サークルのノリで経営を行っているVBが実際に多いのであろうと推測できる。社会に出てビジネスをする以上は、会社法と言う制度に則った考え方が出来なければ駄目であろう。あいつ何もしていないじゃないか、などという愚痴は、取締役を辞任した相手にはまるで通らない。「~ちゃんはズルイ」という小学生の陰口となんら変るところがない。そんな理屈が通るなら、株主は皆、経営に参画したり従業員として働かなければならなくなってしまう。「所有と経営の分離」という根本原則を理解していない。

これに納得できない人は、「労働は尊いもの」という社会的通念と、なんとなくお金は汚いというイメージに支配されているのであろう。しかし、労働が尊いか否かとは関係なく資金力が力を持つのが資本主義の世界であり、下手な労働よりも資金投入の方がよほど効果が大きいという場面は多々ある。資金の着服、お為ごかしの安易なM&Aなどが論外であるのは勿論だが、精一杯前向きに取り組んだとしても(その努力は評価されてしかるべきだが)、結果として失敗であったならば株主価値を毀損したと非難されることが当たり前であることを忘れている。

要するに、この場合における労働=「がんばった」か否かは、取締役の善管注意義務に則って経営資本を適切に運用できたか問われるのであって、エントリの例はうまく出来たようだが、それが株主を非難する根拠とならないことは前述のとおりである。むしろ、嫉妬に駆られて株主の資産を取り上げようとする不当な行為であって、訴訟の対象となってもおかしくないだろう。シェアによっては逆に取締役の任を解任されるかもしれない危険性すら覚悟しておく必要がある。

従って、今回提案されている種類株式を使ったスキームを採用する必要はない(したければするのは構わないが)。「辞めたやつの株を買い取ろう」という発想自体が社会主義的で、資本主義下の制度との間に齟齬が生じるのは明白だ。このような歪んだ平等主義は幼稚で浅ましいだけであり、それがどうしても許せないというのであれば、いっそのこと他の組織形態を取ることを検討すべきであろう。