ネット(=Blog)はむなしい。
いくら世界に繋がっていると言ったって、誰が見ているか分からないし誰も見ていないかもしれない。
もう少し暖かで親密な「関係」が欲しい。

・・・てな感覚を背景にSNSが生まれたのかと思うのだが、最近、最大手のmixiが微妙な雰囲気になっていると言う。

なぜかみんなが疲れてる。正直しんどいって思ってる。
その理由は、ハマった人にしかわからないミクシィ内の規律。
こいつがとにかく厳しいんだ。

・マイミクの日記は全て巡回し、定期的にコメントを残さなければならない
・自分の日記にコメントがついたら、必ずレスをつけなければならない
・マイミクのマイミクとは仲良くしなければならない
・オナニー日記をスルーしてはならない
・本当のことを書いてはならない

ミクシィを続けていると、このルールがじわじわとボディーブローのように効いてくるのです。
馴れ合いも 義務になったら 負担です。
このルールにリアルの人間関係が絡んでくると、更に面倒臭さが倍増します。

「愛すべきmixiの今後を憂う、ミクシィ中毒者の日記」 – べにぢょのらぶこーる

ありゃあ、これは面倒くさいわ。
真綿で首を締めるような、とはこのこと。これをmixiではなくblogに書いている事実が証明している。

秩序や規律を保とうとすると息苦しいし、「自由」を開放すると混乱する。結局、人間ってそんなもの。悩みながらもその間を行き来するほかありません。

それにしても、この人は文章うまいね~。平易且つ簡潔、そして要点を的確にまとめている。

これは株式会社ミクシィが強制したルールでは無いので、彼らに非はありません。
ただそれだけに対策のしようが無いという厄介な代物。

「愛すべきmixiの今後を憂う、ミクシィ中毒者の日記」 – べにぢょのらぶこーる

mixiの「成功」を受けて様々なSNSが乱立し始めた昨今、早くもSNSの問題点が最大手において露出した、ということ?
それでも、この現象をもって拙速にSNSの限界と決め付けるには未だ早い。テーマを設定して交流の目的を明確にすれば防げる問題かもしれない。
多分、mixiの場合には「お友達になろう」が先行して「何のために?」がどこかに置き忘れられているのだろう。

普通は気のあった同志でお友達になるのが自然で、無差別に何が何でもお友達になろうとするわけではない。関係を維持するための努力に多少の鬱陶しさを感じても、なんだかんだでうまく距離を取ってやっていくのが大人。
こういう「お友達ごっこ」は小学校の頃に卒業している筈なんだが、ユーザーは若い層が多いし、ネットが幼児性を引き出してしまっている面もあるのだろう。

それから、日本人独特の人間関係の規定が影響している面も多分にあるかと思う。欧米風の主義主張をぶつけ合って互いの違いを確認していくのとは違い、「仲良きことは美しき哉」式の無理やり「和」を形成しようとするやり方とか。

という訳で、米国最大手のMySpaceはどうなっているかな、と調べているうちにこんなものを発見してしまった。
分かる人には分かるし、分からん人にはさっぱりだと思うので、いつもの如く野暮な解説はしないけど、マジでこいつは爆笑モノですwwwww

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