「それは何の役に立つんですか?」という問いをよく学生から差し向けられる。「文学作品を読むことにどんな意味があるんですか?」「哲学を勉強すると、どんないいことがあるんですか?」。この種の問いを向けられるたびに私は少し憂鬱(ゆううつ)になる。

子どもたちが「それは何の役に立つんですか?」という問いを好んで口にするようになったのは、この20年くらいのことだろうか。

子どもたちはこの問いを通じて、こう宣言している。「それがどのような利益を私にもたらすのかを、納得させてくれたら、私はそれを行うだろう(納得できなければ、行わないだろう)」。

(中略)

「学ぶことは何の役に立つのですか?」という問いに対しては、「その問いそのものの無意味さをいつか君に気づかせてくれる役に立つだろう」と回答するのが「正解」である。もちろん、子どもはこの「正解」の意味を理解しない。けれども、子どもが理解できない言葉を告げることをためらったら、教育はもう成り立たない。

<旅の途中>それは何の役に立つんですか?──神戸女学院大教授・内田 樹 via 痛いニュース(ノ∀`)

アホか。それはあんたの授業が退屈だからだよ。文学や哲学の魅力を伝え切れていないせいだよ。
禅問答みたいな答えしか用意できないからそんなこと言われちゃうんだよ。
「学生」を「子どもたち」なんて呼んでいるところを見ると、最初からなめきってるな。

んな質問をする「学生」も「学生」だ。生徒じゃあるまいし、つまんなきゃ単位のためと割り切って大人しく講義を受けるか、他の講座を取れバカ。

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