世界には、労働力マーケットが2つある。

高能率労働者マーケットと低能率労働者マーケットだ。

大多数が高給取りになれる豊かな社会の作り方 – 分裂勘違い君劇場

相変わらずの扇動的なネタ・エントリに釣られている人がいるようだが、似たような議論は20年以上も前にRobert Reich堺屋太一がやっちゃってるんだけど。

Preparing Ourselves for 21st Century Capitalism 

「高能率」とか言うから何かと思えばExcel VBA程度の話だったのには脱力。

しかし、このシナリオは全て、「労働者の過半数がそのような高能率労働者になれれば」という前提に依存している。

子供のときから算数が嫌いで、コンピュータもいまいち好きになれず、ブラインドタッチすら怪しく、しょっちゅう手元を確認しながらキーを叩いていて、ショートカットキーを使って生産性を上げようなどという発想も浮かばない、けれど、明るくて、化粧が上手で、合コンではモテモテの営業事務のオネーチャンが、はたして、営業の人たちのニーズをくみ上げ、要求分析し、業務フローを整理し、全体の情報の流れを戦略的にシステム化し、自動化し、より生産性の高いものへと、改良していくなんてできるようになるのだろうか?

大多数が高給取りになれる豊かな社会の作り方 – 分裂勘違い君劇場

「明るくて、化粧が上手で、合コンではモテモテの」オネーチャンやオニーチャンは営業に回しましょうw 変にPCに詳しい奴よりよっぽど人心の機微を理解するのに長けているだろう。とりわけ日本社会は人間関係がショーバイの要だったりするからさ。

そんなことより、「労働者の過半数がそのような高能率労働者に」なっちゃったら「高能率労働者」自体が余ってくることのほうが心配だ。エントリでは「輸出」しようという話になっているが、うん、まぁこれはアメリカのIT関連の仕事がインドに流れている現実を見ても的外れではない。だからと言って、すぐに「太陽電池を安価に量産する方法の製法特許」が取れたり、「老化による細胞の微細構造の劣化を分子的に修正するタンパク質マシーンを開発」出来たりするとも思えないけどね。

しかし、これでは「輸出先」にいる相対的に「低能率」の労働者の仕事を奪うことになるけど、その問題はどうでもいいのか。国家戦略として語っているのだから、その辺りは取り敢えず目を瞑ろうってことなのかな。

あらゆる単純作業の労働者を、単純作業を自動システムで置き換える労働をする人間へ転換することが、はたして可能なのか、という問題だ。

大多数が高給取りになれる豊かな社会の作り方 – 分裂勘違い君劇場

このエントリで一番気に掛かったのがこの部分。だってタイトルでは「作り方」って書いてあるのに、「高能率労働者」が増えればってだけで、結局それをどうやって成し遂げるのかは分からないんでしょ? 「単純作業を自動システムで置き換え」ても失業者が増えるだけで、「大多数が高給取りになれる豊かな社会」なんて来やしない。

「効率」なんて言葉を使っているからマクロだの「単純作業」だのと言った具合に話が矮小化されてしまっている。200年前のラッダイト運動当時のハナシをオフィスに移しただけの、技術が単純労働を自動化していくから付加価値を創造できないとヤヴァいですよという、これまた語られ尽くした新鮮味のない内容だ。

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