最初はここで知った。

この話最初は東大の2003年度前期の数学の最後の問題が使われている広告(円周率πが3.05より大きいことを証明する)をみていた若い女の子たちが「何でそんなことすんの?」といっているのを聞いたところから始まるようですが、関係ない人にとってはπなんてきっとどうでもいいことでしょうしどうでもいいと思っているのなら(しかもそれが大学生以上なら)ほっときゃえぇやんと思います。えぇ。個人の問題です。個人の興味の問題です。だから個人の興味の有無に関して、「興味がない⇒愚かである」という論理を若い女性に一般に適応するのは非常識きわまりありません。

自称フェミニストへの苛立ち – Say::So?

で、リンクを辿って問題とされていた原文を読んでみた。例によって、ぶくまやTrack backを見ると、この人と同様に「個人の興味の問題」云々という観点から批判をしているのが見受けられるが、全くの見当違いであって、底が浅いとしか言いようがない。

オレもそうだが、大抵の人にとって円周率なんぞ学校で押し付けられたから仕方なく覚えた知識に過ぎない。がしかし真に重要なのは、はたしてそれは本当なのかという疑問や、本当だとしたらどうやったらその答えを引き出すことが出来るのか、などといった方向に思考をめぐらす知的好奇心や探究心あるいはその過程なのであって、電車で見かけた大学生らからはそのような姿勢が微塵も感じられなかったことを「フェミニスト」の人は嘆いているのである。

円周率に興味がなければ無理に解く必要など勿論ないが、「何で既に分かっていること証明するわけ?頭悪い」などという「頭悪い」発言からすると、この大学生が興味のある問題であればそれを考えようとするとは、(絶対とは言えないとしても)あんまり思えない。「分かっていること」などと言っているが、分かってんじゃなくて単に覚えさせられただけであることを、恐らく言ってる本人は自覚していない。もしも本当に「分かって」いたとしたら、それは自らの頭の中で証明が完了していることであるから、「証明するわけ?」とは言わない筈である。

つ~訳で、以下の方に全面同意。

そりゃちょっと話が違うだろ。
「何で証明しなければならないわけ?」に表されてるように、興味のあるないとか、彼女らが解くべきとかではなく、何故こういう問題が存在していて、それを入試で解かせることにどういう意味があるのか、そういったことに対して彼女らはまったく想像力が働いてないということ。
(中略)
自分にとって必要性がない=意味がない&馬鹿にする、というスタンスは「思考力ねえなぁ」と評されても仕方あるまい。思考力というか想像力というか。

はてな匿名ダイアリー >anond:20070327104837

で、その後、その「フェミニスト」の人によるものと思われる書き込みがあった(書いたのが本当に「フェミニスト」の人だったのかは、どうでもいい問題である)。

あと既に経験していたことといえ驚いたのですが、人は文章の内容というよりも、その文章の中にあるいくつかの目立つメッセージだけをターゲットにイチャモンをつけてくることがあります。今回の例で言えば「円周率」というのはあくまで私が伝えたいメッセージを具現化するひとつの「例」であったにも関わらず、そこに対してつっかかる反応が多かった(問題を解き始めた人がいらっしゃったのには笑いました。グッドジョブです)。「フェミニスト」という言葉に対する反応も同様です。正直私の文章全体の中で「フェミニストです」という私の宣言にはほとんど意味はありませんでした。「女=馬鹿なんて主張するつもりはないです」程度の意味で書いた文章だったのですが、目立つ言葉だっただけに反応してしまった人が多かったようです。さらにはキリストのクリスマス生誕説にチャチャ入れてきた人が居たのには流石に驚きました。私が文章で念のためことわりを入れているにも関わらずです(まあこの人は流石に少数派でしょうが)。

はてな匿名ダイアリー > anond:20070328071641

オレも似たような経験があるwwwwww

広告