分り易く例えてはいるが、よく考えると逆効果な面も。

http://b.hatena.ne.jp/entry/http://anond.hatelabo.jp/20070320084019
資金がショート気味な「僕」に、「彼」は資本参加を申し入れた。
「彼」の資本で「僕」の信用は上がり、取引先も増えた。「彼」の資本投入に応えるため、「僕」は、「僕」の株を渡した。それは、「僕」が保有する株の、つまり発行した株の半数近いものだった。「彼」は「僕」の経営陣だった。
そして、あるとき気づいた。「彼」は、「僕」の経営陣だけど、「僕」が持っている彼の株は、大株主には程遠いものでしかないのだ。「彼」は「僕」の経営に参加していたけれど、「彼」の経営に、「僕」は参加できないのだ。
…たまに、人間力投資銀行家っているよね。

人間力資本 – REVの日記@はてな via はてなで記事を書かない人間が書く文章なんざ、ロクなもんじゃねえ – はてな匿名ダイアリー via はてなブックマーク – 注目エントリー

はあ? 資本参加した時点で既に「彼」は株主でしょ。「発行した株の半数近いものだった」のであれば大株主と呼んでいい。でもそれだけでは「彼」は経営者ではない。総会で任命していないから。「彼」の経営に参画したいなら取締役になればいいのであって、必ずしも「彼」の株式を所有する必要はない。最後の文から人間関係を株式会社に例えていることは分ってる。参照先のエントリも読んだ。しかし、こういった基礎的なことが分かっていないようでは例えが生きてこない。

転校生とマドンナが付き合っていたことを自分だけ知らなかったのは、たかだか親密度が低かったというだけの話。それまで漏れ伝わることもなかったということは、その転校生のみならず周囲の人間とも普段から会話をしていなかったという証拠。要するに「非コミュ」だったってことと、それによる必然の結果だ。コミュニティに参加したいなら「馴れ合う友達を選」ばず、もっと積極性を発揮すればいいし、「非コミュ」を貫きたいのであれば、いちいちこんなことでくよくよするな。

「株」だの「資本参加」だのと大仰なものに例えるある種の傲慢さが「非コミュ」度の高さを証明している。「発行した株の半数近いもの」を渡したにも拘らず「彼」の経営に参加できなかったとかいう言い方は、身勝手なストーカー心理を想起させる。まずはそこをなんとかしないと。例えたのは増田の人じゃないけどね。相手が自分の期待に答えてくれないのは、よくあること。期待に答えさせるよう何か行動を起こさないと。待ってるだけじゃダメ。増田の人はたぶん分かっているだろうけどね。

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