最近マンネリ気味だが、日本のBlogosphereでは元娼婦と並ぶ文才の持ち主であるセックス・ブロガーの猿真似を試みて背伸びしてみたものの、当然ながら無残にも失敗している。

或いはそうかもしれません。ですがそれはマクロにおいては個々のメディアがキャズムを越える前段階までの出来事で、ミクロにおいては個々のユーザーが“気づき”に見舞われる前段階のイノセントにおいて、という条件付きのものだったんだろうと思っています。かつて他のメディアにおいて一時的に開花した幾つかのパワーが結局は汚濁に押し流されてしまったように、インターネット諸メディアにおける“言葉の力”もまた、コミュニケーション的で政治的な願望なり執着なりによって汚染されつつある、ようにみえます。

愚かな時代を視て、その愚かさに僕は適応したいです。 – シロクマの屑籠(汎適所属)

小難しそうな単語・専門用語・流行の外来語を使ってみたり、思わせぶりな物言いで箔をつけようとするのは、その能力のない者が何か高尚ぶった文章を書こうとするときに必ず用いる安易な手法である。「マクロ」「ミクロ」「キャズム」などの経済・マーケティング界の用語、「“気づき”」「イノセント」「“言葉の力”」といった思わせぶりなだけで意味の通じない言葉、「汚濁に押し流されてしまった」「政治的な願望なり執着なりによって」等の空疎な言い回し。

何を言っているのかさっぱり分らない。と言うか大したことは何も言ってない。ただただ人の真似をして背伸びがしてみたかっただけだ。借りてきた言葉で表面を飾り付けてみても、却って見栄ばかり張るそのいじましい性根が露わになるだけで、肝心の中身がないから言葉が空しく宙に舞うばかり。

格好つけるのが目的なのだから内容がないのはむしろ当然。本当に言いたいことがあるなら、己の力量にあった普段から使い慣れている言葉で十分であり、多少拙いところがあったとしても、趣旨は読む人に伝わる。

愚か、という他ない。

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