公認会計士である以上、このような基礎的なことは当然理解した上で書いたものと想像するが、VBの経営者なんかはそのまま受け取りそうなので、敢えて書く。以下の部分は根本的におかしい。

抜けたメンバーが仮に20%の株式を持っていて、それをそのまま保有し続けるとすると、「他の経営陣ががんばったから上場までこぎつけたのに、初期に抜けたやつが大量のキャピタルゲインの恩恵にあずかるというのは『やめ得』じゃないか」ということで、残されたメンバーとしても納得しがたいところ。

「仲間で始めるベンチャー」と取得条項付株式 – isologue

もしもこのような感想を抱く「メンバー」がいたとすれば、そいつらは出資者と経営者の区別がまるで付いていない。株主はその企業に金を出した人間に過ぎず、金を出しただけで十分にその権利と義務を有する。その立場は他の経営者あるいは従業員といった立場とは別個に独立して存在する。であるから「抜けた」以上は頑張る必要など全くない。当然にその義務もない。何もしなくとも、株主と言う立場において「大量のキャピタルゲインの恩恵にあずかる」ことに何の問題もない。仮にその企業が倒産して株式の価値が0になったときは「やめ損」なのか? そんなことはないだろう。出資した分の資産を失うに過ぎず、それは辞めたか否かとは関係がない。

現役の公認会計士が例題を仮定するからには、このような学生サークルのノリで経営を行っているVBが実際に多いのであろうと推測できる。社会に出てビジネスをする以上は、会社法と言う制度に則った考え方が出来なければ駄目であろう。あいつ何もしていないじゃないか、などという愚痴は、取締役を辞任した相手にはまるで通らない。「~ちゃんはズルイ」という小学生の陰口となんら変るところがない。そんな理屈が通るなら、株主は皆、経営に参画したり従業員として働かなければならなくなってしまう。「所有と経営の分離」という根本原則を理解していない。

これに納得できない人は、「労働は尊いもの」という社会的通念と、なんとなくお金は汚いというイメージに支配されているのであろう。しかし、労働が尊いか否かとは関係なく資金力が力を持つのが資本主義の世界であり、下手な労働よりも資金投入の方がよほど効果が大きいという場面は多々ある。資金の着服、お為ごかしの安易なM&Aなどが論外であるのは勿論だが、精一杯前向きに取り組んだとしても(その努力は評価されてしかるべきだが)、結果として失敗であったならば株主価値を毀損したと非難されることが当たり前であることを忘れている。

要するに、この場合における労働=「がんばった」か否かは、取締役の善管注意義務に則って経営資本を適切に運用できたか問われるのであって、エントリの例はうまく出来たようだが、それが株主を非難する根拠とならないことは前述のとおりである。むしろ、嫉妬に駆られて株主の資産を取り上げようとする不当な行為であって、訴訟の対象となってもおかしくないだろう。シェアによっては逆に取締役の任を解任されるかもしれない危険性すら覚悟しておく必要がある。

従って、今回提案されている種類株式を使ったスキームを採用する必要はない(したければするのは構わないが)。「辞めたやつの株を買い取ろう」という発想自体が社会主義的で、資本主義下の制度との間に齟齬が生じるのは明白だ。このような歪んだ平等主義は幼稚で浅ましいだけであり、それがどうしても許せないというのであれば、いっそのこと他の組織形態を取ることを検討すべきであろう。

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