「ヨコ社会」は子供の妄想 金曜日, 6月 1 2007 

ホント、コンサルタントって下らないのが多いよなあ。タテだのヨコだの言うだけでは何の意味もない。トーダイ出ててもバカはバカ。

『機動戦士ガンダム』に影響を受けた世代の我々は、組織は理不尽なものと理解しつつも、そこに所属することをよしとしている。一方で、『ワンピース』に影響を受けた若い世代は、組織への所属よりも仲間への所属をよしとしている。

タテ社会に生きる“ガンダム世代”と、ヨコ社会に住み始めた“ワンピース世代” – bpspecial ITマネジメント via 明日は明日の風が吹く

タテからヨコになんて今頃そんなことを吹聴していること自体が滑稽。マンガという如何にも若い世代・ネットを多用している連中に受けそうな素材を例に挙げて論証を試みるあざといやり方はまぁ良いとしても、「ガンダム」と「ワンピース」だけでは全く物足りない。それは、この2つの作品の特徴が、筆者の言うほど違ってはいないからだ。

主人公の海賊・ルフィはガンダムの登場人物とは違い、どこかの組織に所属するわけではない。自分と仲間たちの「麦わら海賊団」という組織があるといえばあるが、組織の論理で行動することはない。ルフィの行動原理では、常に仲間が中心にくる。

タテ社会に生きる“ガンダム世代”と、ヨコ社会に住み始めた“ワンピース世代” – bpspecial ITマネジメント via 明日は明日の風が吹く

恐らく筆者の頭に浮かんでいる対立構造は大企業 vs 「仲間内で始めたベンチャー」のようなものだろう。確かに、気の会った仲間だけで構成される「麦わら海賊団」の様子は如何にも楽しそうで、規律や組織論理に縛られた他の海賊や世界政府の描かれ方とは対照的だ。しかし、それは「麦わら海賊団」を構成するメンバーの大半が、悪魔の実によって超人的な能力を得たスーパーマンか、あるいは自己の鍛錬によるものという点に違いはあるものの、やはり普通の兵士や海賊とは段違いの強さを身につけた特異な人物であることによって始めて可能となっているに過ぎない。

ルフィの海賊団に集まってくる仲間たちも、別にルフィを「上」の存在だと考えているわけではない。よくいえばフラット、もっといってしまえば誰もが海賊団の中では自分が一番「上」だと考えていてもおかしくないような、個性の集まりである。

タテ社会に生きる“ガンダム世代”と、ヨコ社会に住み始めた“ワンピース世代” – bpspecial ITマネジメント via 明日は明日の風が吹く

彼らは少数先鋭集団の最たるものであって、各々が大組織に拮抗するだけの力を有しているという、現実にはまずあり得ない設定によって存在が成り立っている。構成人数が10名にも満たない小組織であって、連帯感も強いのであれば階級による上下関係や事細かいルール、タブーなどといったものは殆ど必要ない。しかし、仮に「悪魔の実」の存在をなしにしてこの物語を構成するとすれば、ルフィーと雖も他と同じく戦闘員数並びに火力重視の海賊団を組織せざるを得なかった筈である。そしてそこには当然組織が組織としての行動を可能にするための堅苦しい規律が必要となる。

そして『ワンピース』を読んで育った世代の若者たちは、“とても個性的な自分”を意識しながら、いつも自分の周囲にいる“個性的な少数の仲間”というムラ社会に好んで所属しているのである。

タテ社会に生きる“ガンダム世代”と、ヨコ社会に住み始めた“ワンピース世代” – bpspecial ITマネジメント via 明日は明日の風が吹く

超人的な力や能力というのは少年漫画には欠かせない要素であって、ヒーローがその力を駆使して敵をやっつける点にカタルシスを感じるわけだが、メディアの発達し過ぎた現代においては、何か自分も特別な存在である、ある筈だ、といった勘違いを誘発する危険がある。大分以前から流行っている「自分探し」なんぞもこの延長線上にある。

そしてその能力は「ガンダム」においても「ニュー・タイプ」という形で登場し、それが「とても個性的な自分」の投影対象として、アムロという主人公の存在を規定している。軍に所属してはいるが、他の軍人に比べて秀でた能力を努力なしに先天的に身に付けているという設定は、「悪魔の実」を食べた人間が超人的な力を発揮するのと大差ない。ルフィーの兄エースが白ひげ海賊団という大組織の中で活躍しているようなものだ。

筆者は「タテ社会に生きる“ガンダム世代”」なんぞというが、アムロなんか自分が認められていないと知ると直ぐにヒスを起こして軍を脱走したりするなど、もともと大した帰属意識なんか持ち合わせていなかった。しかも最重要機密であったガンダムを持ち出しての行動である。通常であればかなり厳しい処罰が与えられてしかるべきところだが、その辺りは独立部隊であったからか非常時であったからか、スルーされてしまった。こんな「タテ社会」なんか現実にはあり得ないであろう。

要するに「ガンダム」と「ワンピース」の間に大した違いなんかないのであって、そこにあるのは、大きな組織に属して堅苦しい規律や複雑な人間関係に身をさらしたくない、という単なる幼児性である。これは誰にでもある感情ではあるが、皆生きるためには仕方ないと割り切った上で、そこでどう生きていくかを試行錯誤している。それが大人というものだ。テレビなどのなかった時代の人たちは、それほどメディアに毒されることがなかったために、自分が特別な存在だなんて妄想を持つ余地が少なく、嫌々ながらも組織へ帰属し、その中での振る舞い方を自分なりに身に付けていったのだ。そういった成長過程を強力に阻害するのが「個性的な自分」幻想であって、これがあるうちはなかなか素直に社会の規範を受け入れられない。

図らずも若い世代が持っているヨコ社会のイメージを象徴しているのが、このコラムを紹介していたbloggerさんのエントリだ。

ネットによってヨコ社会になってるんじゃないの?と私は思う。会社ってガンダムのように軍隊的に上下関係があってピラミッドがあって、となっているから、私もその中にいる。でも、ネットって上下関係ないし。老若男女関係なし。そしてつき合いたい人とだけつき合っていく世界でもある。大きなネット社会という中で、個々人が好き勝手な線を繋いでいるだけ。ヨコですらないのかな。点と線の世界。そんなイメージがある。

■[コラム・エッセイ]タテ社会に生きる“ガンダム世代”と、ヨコ社会に住み始めた“ワンピース世代” – bpspecial ITマネジメント(from りんごアンテナ日記) – 明日は明日の風が吹く

上下関係なし。老若男女関係なし。つき合いたい人とだけつき合っていく世界。なんて楽しそうな組織なんだ。オレだってこんな組織で楽しく仕事してみたいよ。でもそんなことが可能であるなら、とっくの昔に実現されている筈なんだ。事実、同年代だけで構成されている学生社会の中でも様々な人間関係上のトラブルや葛藤があることは、みんな嫌というほど承知しているだろう? 学校の中では嫌な奴となんか付き合わなくても済むけど、社会に出たらそうはいかないんだぜ?

結局、ここで言われている「ヨコ社会」なんて、子供じみた幼稚な妄想でしかない。「悪魔の実」なんて現実にはないんだ。麦わら海賊団なんて、ちっとやそっとじゃ作れないことくらい、“ワンピース世代” にだって分かっている。それなのに、同じような幻想を盛んに若い世代に植え付けようとしているのがモッチーであって、こいつはホント害毒以外の何者でもない。

いいんだよ、企業に所属せずに仲間内でベンチャー立ち上げたって。それが好きならそこで頑張ればいい。しかし、成功して組織が大きくなったら必ず自分たちが嫌っていたような規律を押し付け始めるんだ。しかも更に醜悪且つ最も愚劣な形でね。

お前が言うな 木曜日, 5月 31 2007 

批判しようと思うならば、読めよなぁ、と思ってしまう。
自分が批判したい言説をあらかじめ想定して、その想定に対して批判しているものだから、全く私は関係ないのに、私に対して批判していることになる。

山口光市母子殺害事件で「殺す」と言うインテリと「殺せ」と叫ぶ莫迦 – ゆくしむにーさー

お前が言うな莫迦wwwwwwwww

Suitable Sample for 26 Reasons 水曜日, 5月 30 2007 

こいつは確か「働かなくても食っていける社会がもうすぐやってくる」とか「グーグルならば精度の高い株価予測を行なうことはできるだろう」などと言ってた奴だなw

つまり、「被支配者にとっての生活の安全」は明かに向上しています。しかし、そのことによって同時に「支配者にとっての悪政の自由」の範囲も拡大して、権力のシステム全体は劣化しているのではないでしょうか。

史上最大の「悪政の自由」を享受した権力システムの崩壊 – アンカテ(Uncategorizable Blog)

「権力のシステム全体は劣化している」とは、具体的にはどんなことを指しているのだろうか。

「今の権力者はいろいろなものに縛られていて制限がある」というのは「錯覚」で、「現代においては、『情報』を支配することが可能であるということ」が、「昔の王様より今の同業者の方が確実に有利な点」であり、従って「『支配者にとっての悪政の自由』の範囲も拡大して」いる、という論調だが、それによって「権力のシステム全体は劣化している」ということは、ここでいう「権力のシステム」とは、本来あるべき国を治める形態・制度などのことを言っているのであろうか。しかし、「権力」という言葉は通常否定的な意味で使われることが多いので、なんとなくしっくり来ない。

そして、「被支配者にとっての生活の安全」とは、どうやら「『食を保証する』ということが今のレベルで実現された」ことを指しているようなので、先程あげていた「情報」という要因と食い違う。要するに、悪政の自由の範囲拡大は、国民が飢えずに済むようになったことによるものと言いたいのか、「情報」を支配することによるものと言いたいのか、さっぱり分らないwww

相変わらず自分のオツムを整理しないままにエントリ書いてるのねw

だから、

もちろん、昔は情報伝達のスピードが遅いから、何事もスローペースで進みます。馬鹿な皇帝がすぐに倒されるということはなくて、食えなくなった庶民が反乱を起こして革命が起こるのは、息子の代や孫の代になってからだったりします。

史上最大の「悪政の自由」を享受した権力システムの崩壊 – アンカテ(Uncategorizable Blog)

と書いていたくせに、

昔の王様には「悪政の自由」はごくわずかしか与えられてなくて、それを享受できるのは、長い歴史の中で、政権が「慣性」で動いているわずかな瞬間であって、それにタッチできるのは支配者層の中でもごく一部の人です。

史上最大の「悪政の自由」を享受した権力システムの崩壊 – アンカテ(Uncategorizable Blog)

などと矛盾することを書いてしまう。「情報伝達のスピードが遅い」なら、「悪政の自由」が「わずかな瞬間」にしか享受できないってことはないだろw

つまり、「情報の支配」と「(良質な政治でなく)技術の向上による食の安全の保証」という二点の理由で、現代の為政者に与えられている「悪政の自由」は歴史上類が無いほどに拡大しているのではないでしょうか。

史上最大の「悪政の自由」を享受した権力システムの崩壊 – アンカテ(Uncategorizable Blog)

「情報の支配」についてはナチスを例にあげて説明しているが、「食の安全の保証」については、それがどう「悪政の自由」に繋がるのかは全然書かれていない。

特に、余剰生産が多い分だけ、その「悪政」に連なる人たちの人数が膨大なものになっている。だから、これが崩壊するということは、今まで歴史上起こったどんな権力の崩壊よりも、ドラスティックで関係者が多い事件になるということです。

史上最大の「悪政の自由」を享受した権力システムの崩壊 – アンカテ(Uncategorizable Blog)

「余剰生産」ってのは食糧を含めたのことを指しているのか? そうであるなら満ち足りているわけで、「『悪政』に連なる人たち」の数はむしろ減るかもしれないではないか。そうではなく情報のことを指して言っているならば「情報の支配」と矛盾する。で、それが「崩壊」したと? そうなの? なんか崩壊したの? それが松岡農相の自殺が「ドラスティックで関係者が多い事件」であることと、どう係わってくるの?

今起きている事態について、何が報道されて何が隠蔽されているのは、それは私には見当もつきません。しかし「異常だ」と確信を持って言えるだけの情報は得ている。マスメディアを中心とした権力にとっては、「異常だ」と思う人がたくさんいること自体が、もう既に敗北だと思います。

史上最大の「悪政の自由」を享受した権力システムの崩壊 – アンカテ(Uncategorizable Blog)

そうか? 戦後の国鉄総裁轢死事件を筆頭に、「『異常だ』と思う人」が大勢いたであろう事件は沢山起きていたと思うぞ? それを昔の人は「異常だ」とは思わなかったって言うのかい?

なんとまあ、考えの浅い、中学生レベルの論文であることか。あなたが正しいと思っていることが間違っている26の理由のどれに当て嵌まっているかを考えるのも一興かもw

馴れ合いbloggerの限界 水曜日, 5月 30 2007 

誤字ではありません。”中実”と誤字る方が困難と思われますが、なぜTB打つ前に確認を怠るのかが不思議です。http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=B05879

べにぢょのブックマーク via おふざけでない

あらま。こんなことを言っている時点で既に負けを認めたようなものではないか。論点はそこではない。

べにぢょ氏は、mixiの文句を言っていたときはよく分析が出来ており文章も簡潔且つ要領よくまとまっていたので理性的な人物かと思っていたが、基本的には社交辞令中心の馴れ合いがお好きなようだ。友達ごっこするなら、やはりmixiの方が向いているだろう。

”符号逆だった”ってバラしちゃらめぇ!!!

さくらんぼ ~id:suVeneのテーマ~ – べにぢょの日記

「”符号逆だった”ってバラし」たのはsuVene氏の理性の表れであろう。単なる表記ミスなのだから感謝こそすれ文句を言う筋合いのものではない。「カチンとくる」とか「ヒドイコメ」とか文句をたれる一方で「紅はすヴぇんぬさんが好きすぎる」などと、オブラートに包んだような、喧嘩売るんだか売らないんだか、よく分らないような書き方しているからドズル中将にも「喧嘩売るなら真正面からやれい!」と言われてしまうのだ。キシリア閣下には「そんなのあたしの勝手でしょ!」くらいに反しておけば良かったのだ。

ぶくまを何度か見かけただけで、別によく知っているわけではないが、suVene氏のコメントはいつも至極まっとうなものばかりで、はてなユーザーの中では極めて珍しい、正常な感覚の持ち主とお見受けしている。それでも時折このような反応が出てくるのは、はてなユーザーは余程馴れ合いが好きなようだ。馴れ合いは馴れ合いしか生まない。それが限界。くねくねしているうちに人生終わっちまう。

馴れ合いbloggerが望んでいるのは、恐らく下記のような反応なのだろうw

先生の言うことに全て「はい」
親の言うことに全て「はい」
偉い人が言うことに全て「はい」
恋人が言うことに全て「はい」
読んだ教科書に全て「はい」
目で見たものに全て「はい」

俺が今感じてる閉塞感をリアルな言葉にしてやるよ – Anonymous Diary

またバカタリアンかw 火曜日, 5月 29 2007 

さて、今日はこの10年の間に日本で最も変わったことと言われれば皆さんは何を思い浮かべますか?
年功序列の崩壊ですか?
格差の広がりですか?
グローバリゼーションですか?
僕は、おそらくこの10年間で日本で最も変わったことは、AV女優の飛躍的なレベルの向上だと思います。
(中略)
ここで、僕は自分自身が恥知らずなリバタリアンだと言うことを白状しなければいけないでしょう。
この10年で日本社会で最も変わったこと – 金融日記

大爆笑ww またバカタリアンかwwww

僕は、これはよくも悪くも、日本でも資本主義や市場経済が浸透してきていることの帰結だと思っています。

この10年で日本社会で最も変わったこと – 金融日記

分ったw 分ったからそんなに笑わせないでくれwwwww

効能書の読めぬ所に効能あり 火曜日, 5月 22 2007 

最近マンネリ気味だが、日本のBlogosphereでは元娼婦と並ぶ文才の持ち主であるセックス・ブロガーの猿真似を試みて背伸びしてみたものの、当然ながら無残にも失敗している。

或いはそうかもしれません。ですがそれはマクロにおいては個々のメディアがキャズムを越える前段階までの出来事で、ミクロにおいては個々のユーザーが“気づき”に見舞われる前段階のイノセントにおいて、という条件付きのものだったんだろうと思っています。かつて他のメディアにおいて一時的に開花した幾つかのパワーが結局は汚濁に押し流されてしまったように、インターネット諸メディアにおける“言葉の力”もまた、コミュニケーション的で政治的な願望なり執着なりによって汚染されつつある、ようにみえます。

愚かな時代を視て、その愚かさに僕は適応したいです。 – シロクマの屑籠(汎適所属)

小難しそうな単語・専門用語・流行の外来語を使ってみたり、思わせぶりな物言いで箔をつけようとするのは、その能力のない者が何か高尚ぶった文章を書こうとするときに必ず用いる安易な手法である。「マクロ」「ミクロ」「キャズム」などの経済・マーケティング界の用語、「“気づき”」「イノセント」「“言葉の力”」といった思わせぶりなだけで意味の通じない言葉、「汚濁に押し流されてしまった」「政治的な願望なり執着なりによって」等の空疎な言い回し。

何を言っているのかさっぱり分らない。と言うか大したことは何も言ってない。ただただ人の真似をして背伸びがしてみたかっただけだ。借りてきた言葉で表面を飾り付けてみても、却って見栄ばかり張るそのいじましい性根が露わになるだけで、肝心の中身がないから言葉が空しく宙に舞うばかり。

格好つけるのが目的なのだから内容がないのはむしろ当然。本当に言いたいことがあるなら、己の力量にあった普段から使い慣れている言葉で十分であり、多少拙いところがあったとしても、趣旨は読む人に伝わる。

愚か、という他ない。

Bait for Stop Thinking 日曜日, 5月 20 2007 

タイトルからして嫌な感じがした。

これからの情報サービス産業はどうあるべきだろうか.顧客に製品やシステムではなく価値を提案すること.エンジニアは最新の技術や開発プロセスにキャッチアップして劇的に生産性を高めること.そこで生まれた付加価値がきちんと技術者に還流されること.かかる効率化で生まれた余裕が新しい技術の習得や研究開発に向けられること,その産業に関わる人々が将来性を信じられること.徹夜が続くこともあっても,給料が低くても,目標が明確で展望があり,慢性的でなければ救いがある.先が見えないのに報われないから腐るのである.

未来志向でヒトを大切にする情報サービス産業こそ日本を強くする – 雑種路線でいこう

政治家の演説みたいによくある理想論が並べられているだけで、じゃあ具体的には何をするのかって言えば何も書いてない。

「価値を提案すること」って、今までは何を提案していたの? ここでいう「価値」って何を意味してるの? 「最新の技術や開発プロセスにキャッチアップ」すると「劇的に生産性を高める」ことが出来るんだ。へえ。その技術や開発プロセスって具体的には何? 「劇的」ってのはどの程度なの?

…何も書いてない。

この転換のためには産業構造の改革が不可欠で,企業の再構築も重要だがファイナンスは必ずしも銀の弾丸とはならない.金融の自由化と並行して,新技術の実用化を促すエコシステム(イノベーション・パイプライン)の構築,情報工学教育の見直しや突出した個人が能力を発揮できる環境の整備,起業支援や雇用の流動化,取引構造のアンバンドルと系列に代わる信頼メカニズムの構築など,産業の基礎的なインフラを組み立てなおす必要がある.

未来志向でヒトを大切にする情報サービス産業こそ日本を強くする – 雑種路線でいこう

経済雑誌によく出て来る単語の羅列で箔をつけているものの、やはり具体的な施策は何もない。「産業構造の改革」だってさ。何をどう誰が改革するのさ。「企業の再構築」って一体何を? 

唯一の提案と言えそうな「解雇規制」の緩和(なのかな?)だって、何からどう手を付けるのかについては曖昧なまま。「大企業が自前でヒトを採ると切ることができない」と書いているところを見ると、人材の流動化のことを言っているようだけど、制度として導入されたら中小企業にだって適用されるだろうから、経営基盤の脆弱なそういうところから解雇権の濫用が起こって社会問題になるよ。

これって、分裂君式の釣りネタだろ? 分裂君とは違って文章自体はしっかりしており、改行を多用した幻惑的な物言いや誤謬はないけど、利いた風な理想論と口当たりの良い台詞が並べられているだけで、具体的な中身は何もない。この手の文章は、いろいろ言ってるようで実は何も言ってはおらず、曖昧な理想と根拠のない希望が作り出す雰囲気に釣られて思考停止するタイプの人間に丁度いい餌に過ぎない。

Shameless Apology, Shameless Excuses, Shamelessly poor Literacy – Part 2 日曜日, 5月 20 2007 

前回の続き。この辺りから彼の壊れ方は加速度を増していくのでたっぷりと楽しんでいただきたいw

ここギコ! : 俺はそんな自明な現象論には今さら興味なくて、もっと実学的な、「観測されるロングテールの需要に対する網羅性」という質的な部分に興味がある

「自明な現象論」とは、少し前の文章で述べている「現象としてロングテールという現象が観察されるか否か」であり、それについては「議論尽くすまでもなく俺も『ええ、確かに観測されますね、おしゃるとおり』と首肯する」と賛同しているのだが、議論の発端となったエントリで「群集によりコンテンツが提供される分野では、うまく働かないんじゃないかと言う気がする」と書いていたのでもうOUTであるw

次に、「観測されるロングテールの需要に対する網羅性」とは、後に特定のコンテンツ限定の話であったとする「『コマネチ大学がアップされないのは制作側が認めないからではない』ことを示そうとした」から推測するに、「オレはコマネチ見たかったけどYouTubeにはなかったよ」という個人的なくだらない話であったことが分かる。自分の見たかったものがたまたまそこになかったからと言って、Long Tailとは何の関係もないので、やっぱりOUT www

albinoalbinism : 「網羅性という、質の問題」などという頓珍漢な文章には頭がクラクラさせられる。網羅とは「そのことに関するすべてを残らず集めること。」であり、質は関係ない。従って網羅性について議論しているとき、それを質の問題として読むひとはいない。「網羅性が高い(低い)=質が高い(低い)」と言いたいのであっても、単に網羅性の問題といえば済むし、「質の網羅性」というように変換しても、全く同じである。

日本語に難があるので、はいOUT wwwww

ここギコ! : はてブを見ても「義務のないところで網羅されるかどうか、という話か。」というふうに、まさにキーワードであるところの「網羅性」を含めたコメントをしてくれている人もいるし

そんな台詞、いままで一言も吐いていなかったところを見ると、ぶくまのコメントから拾ってきたようである。他人の感想で自分の意見を補強しているようでは、どのみち最初から大した考えもなしにエントリを書いていたことがばればれw 「コマネチ大学」がアップされてなかったから網羅性もないよという愚痴に過ぎず、そんなこと言ったらAmazonは古今東西現在過去未来すべての本を取り揃えなければならなくなってしまうw

ここギコ! : なので、「誤解されたときは、さらに言葉を重ねるなり、その他いろいろな担保を提示したりして意図を伝えればいいのだ」ということで、受け取ってもらえなかった行間を説明すべく、2つ目のエントリを書いた。そしたら、何だ?要旨を変えた?要旨を変えたと見える部分が、自分が受け取る事のできなかった行間だと言う考えも思い浮かばなかったのだろうか?

はっきり言って、テールの糞味噌を云々していた「2つ目のエントリ」の内容は最悪である。だから反論や質問をしておいたが、未だにそれにたいする回答はない。ということは、自分ですらその「行間」を埋めることが出来ていないという証拠であろう。いや、説明してくれたら今からでも納得するから、早くしてよ。

ここギコ! : 別に自分が信念持って主張していることで、反対論者から何を書かれようが別に構わんが、自分が主張してもいないことで(確かにレトリックでそういう「表現」は使ったが、本筋で俺の主張したい事とは何の関係もない)ごちゃごちゃと絡まれるのは気持ちのよいことではない。

「そういう表現」とは「家庭用ビデオは糞」であり、それは「本筋で俺の主張したい事とは何の関係もない」と言い出した。しかし、彼はそれを「前提」と述べていたのだから、主張したい事とは大いに関係がある。つまらない逃げである。

ここギコ! : 俺が「ユーザのアップしたビデオは糞」と書いたのは、弾さんとの議論でターゲットになった「コマネチ大学」、すなわち自分の望む、探しているコンテンツではない時点で、他人にとってどれだけ価値があろうが目的があって特定のコンテンツを探している立場からは「糞」という意味であって、別に「ユーザのアップしたビデオ」全てが万人にとって糞だというような主張はしていない。

albinoalbinism : アンタ、全然そんなこと言ってなかったからw 「訂正」なんかじゃなくてただの改竄だからww
既に引用した通り、こいつはまず「テール」を「一定のニーズもあるにも関わらず、そのニーズがニッチ過ぎてヘッドには上がり得ない味噌テール」と「最初から箸にも棒にもかからない、需要もない糞テール」の2つに分けた。その上で、「家庭用ビデオなんかは糞テールの方だ」と明確に言ってのけたのだ。

「最初から箸にも棒にもかからない、需要もない」ものであった筈の「糞」の定義が、ころっと「探しているコンテンツではない」ものに変更されてしまった。テールには味噌もあった筈なのに、それはどうしたのだろうか。それは検索対象なのであろうか。では、ヘッド部分は? いくら考えても何を言いたいのかさっぱり分らない。要するにすべて嘘である。糞味噌はニーズの多寡で分けられていたし、検索の話なんかこれっぽっちもしていなかった。エントリを見比べればすぐにばれる嘘を平気で言う神経は到底理解できない。
また、ここでも「コマネチ大学」は例として上げられているので、下記のコマネチ限定主張と矛盾する。

ここギコ! : albinoalbinismは「ロングテール」の提唱者を信奉しているようだしその定義に厳密に従うことを至上命令と考えているようだが、はっきり言って俺は「そんなヤツのことなんてしらない」し、個別に生まれては消える数多の生きている議論の中で、いかに天才だったとしてもそういう全ての議論を想定していたとも思えない「そいつによる固定された定義」に、厳密に従う必要性も感じない。

「そういう全ての議論」とは、「コマネチ大学」がアップ云々であろうか。別にそれがアップされていようがいまいが、Long Tailはびくともしないだろう。自分の好みの番組がないと「固定された定義」にしてしまえる図々しさには驚くばかりである。

ここギコ! : 俺の意図は「需要の少ないコンテンツに関しては、個人がアップしようとするモチベーションが喚起されない(省略)」ことを論証することで、「コマネチ大学がアップされないのは制作側が認めないからではない」ことを示そうとしただけで、CGMがどうとかいう論点に関しては完全にその時の俺の意識にない。

小飼弾のいう「コマネチ大学」がアップされなかった理由を否定することが目的の、特定のコンテンツに関する主張であったと言い始めた。

albinoalbinism : 特定のコンテンツについての話であったなら、他のコンテンツは直接関係がないから、全体の傾向についての議論である Long Tailを持ち出す必要なんかまったくないじゃん。同じ理由から「網羅性」とも何の関係もないじゃん。「コマネチ大学」がアップされるか否かだけ話してりゃいいじゃん。まさに「Lousy Excuse」。いったいこれをどう取り繕う気なの?

オレはこの言説をエントリ中でウソと決め付けたが、本当であったと仮定して検証し直してみよう。

「コマネチ大学」が何故アップされなかったかなどということは知らないが、需要が少なかったからというのであれば、そうしよう。で、それが何だというのだ。それで話は終わりではないか。どこにLong Tailを持ち出す必要がある? たまたま「コマネチ大学」というひとつのコンテンツがなかっただけでLong tailに瑕疵が生じるというのか。逆にアップされていたらLong Tailは万全なのか。到底信じられる話ではない。

「前提」とされていたテールの糞味噌についてはどうか。彼に言わせれば、当然「コマネチ大学」は味噌なのであろう。どんな番組だったのか知らないが、それを糞と判断する人もいるのではないか。その場合には彼のおいた「前提」はどうなってしまうのであろうか。さっぱり分らない。実は「コマネチ大学」は大人気番組で、テールではなくヘッドであった場合、彼の理論はそれにどう対応するのであろうか。

「需要に対する供給の網羅性」とやらについては? 何やら需要に対して完璧に供給が満たされていないとLong Tailは成り立たないとでも思っているようであるが、勿論そんな筈はない。探している本がAmazonで見つからないこともあろう。そうすると、もうLong Tailは示現しないのであろうか。ばかばかしい。ここから、「需要」とは彼のものだけを言っていることが分かる。自分の見たかったものがなかっただけなのに、そんなことで人様の理論に難癖をつけているだけだ。

やっぱウソじゃん、これ。「コマネチ大学」がきっかけであったのは本当だろうが、そんなことで「ロングテールの論理は、群集によりコンテンツが提供される分野では、うまく働かないんじゃないか」などと言っていたのであれば、正真正銘のバカだよ! 「コマネチ大学」が味噌だったからと言って、それが「家庭用ビデオなんか糞」に繋がる理由もないから、やはりこれも彼が元から持っていた信条なり考えなんだよ。

前提だ誤読だ行間だ文章が下手だからだと五月蠅いので、お望みどおり「コマネチ大学」の話から始めてみたけど、やっぱり矛盾だらけだよ。どーすんの、これ。

Shameless Apology, Shameless Excuses, Shamelessly poor Literacy – Part 1 日曜日, 5月 20 2007 

あはは。ついに持説を遡って言い訳を探すのを諦めたのか、話題を文章の巧拙に逸らし始めたw

天文学的な歩数譲って、まあ俺の文章がヘタクソで俺が思ってるのと違う意図をalbinoalbinismに与えたんだとしようや。
別に俺の文章がうまくはないのは自覚してるし、だからこそ俺はその可能性については既に

俺の表現が下手でそう読み取れたのならば、ここで訂正する。

断ってるしな。
謝ってるしな、と書こうとして読み返したら謝ってはいなかったな、なのでそれならばここで謝ろう、俺の文章は下手だったかもしれん、すまん。

albinoalbinism救済投票フォーム設置しますた みんなalbinoalbinism君を応援してあげてください – ここギコ!

本心では謝る気がないのであれば謝ったふりなどするな。いくら「すまん」などと言って見せても、アンケートなど取って決着をつけようとしたり、「天文学的な歩数」を譲った仮定を置いたりしていては信用できる筈もなく、不誠実な人間性が露わになるだけだ。ここで言っている「訂正」とは、「糞」の定義を当初の「最初から箸にも棒にもかからない、需要もない糞」から「自分の望む、探しているコンテンツではない」に変更したことであるが、これだけの内容の変化が文章の巧拙で生じる筈もなく、こんなもの信じられるわけがない。姑息にも後からヤバいと思った部分を糊塗しているに過ぎない。

間違えない事より大事なのは、どんなに恥ずかしかろうが間違えた時に素直にその事を認めること、そしてそれを隠さない事だと思うんだけどなあ。」などと格好いいことを言っておいて、自分の場合にはこれである。こんな男の言うことを誰が信じられようか。「糞」の定義を検索対象外のコンテンツに変更したら、「ヘッドでなければ一律テール、ではない。その中に需要のレベルがある。」というエントリ自体が成り立たなくなるではないか。後からでっち上げたウソであることは明白なのに、さらに今度はそれが「文章は下手だった」せいにしている。恥ずかしくないのか。

どうやら先のエントリで書いた理由その②の「「Aである」という意図の下に「Bである」と書いていたことになるので、やはり言語能力において致命的な欠陥を有していることが分かる。」に縋って、反論できない数々の矛盾から逃れようとしているらしいが、こっちはそのような卑怯な態度が滑稽なので笑っているだけなのだ。

俺がお前が受け止めたのと違うことが言いたかったのだと言う可能性はお前も上の時点で気付いているはずだし、そしてその誤解の肝となるところが(引用部分省略)「ユーザの作成したCGMコンテンツは糞等という主張をしているわけではない」というところだと判るはずだ。
にも関わらず、相も変わらず

ここギコ!とかいう奴だ。彼は「家庭用ビデオなんかは糞」と言ってCGMを完全否定した経歴の持ち主だ。

等といった形で俺を利用するのは何でだ?

albinoalbinism救済投票フォーム設置しますた みんなalbinoalbinism君を応援してあげてください – ここギコ!

「『ユーザの作成したCGMコンテンツは糞等という主張をしているわけではない』というところ」が「誤解の肝」だって?? オレはその部分を誤解などしていないぞ。家庭用ビデオなんかは最初から箸にも棒にもかからない、需要もない糞テールだと明言していたくせに、後からこんなことを言い出すから笑ったのだ。これが完全否定でなくてなんなんだろう。あとからあとから違うことを言い出しては、これが本当でしたと言い張るその無神経さにはだだただ驚愕するばかりだ。恥というものを知らないのであろうか。

第一、「誤解の肝」であったのならば、それこそが原因であるから「俺を利用するのは何でだ? 」と聞く必要はない。恐らく「その誤解の肝となるところが」は「俺が本当に主張したいことは」というつもりで書いているのであろう。そうでないと「にも関わらず」で文章を繋げる意味がない。

滑稽だ。飽きもせずに毎回美味しいネタを提供してくれるw 思考が整理されていないからこういう羽目になるのであって、AというつもりでもBと書いてしまえば、他人はBと理解するのだ。それは誤解などではなく正解であるから、まずはそれを甘受しなければならない。それが文責というものであろう。彼にはそのような覚悟がまるでない。

で、この文のように、少し深く読み込めば、ははぁ本当はAと言っているつもりなのだなと分る場合もある。今、この男が行っている言い訳はこの方法である。AをBと書いてしまったのは「文章が下手」であったせいだが、Aを読み取れないお前も悪い、という論理だ。しかし、「糞」の定義の様変わりはそのようなレベルを超越している。「家庭用ビデオなんかは最初から箸にも棒にもかからない、需要もない糞テールだ」が、「検索対象外のコンテンツが糞」に変わってしまったのである。愚劣にもほどがあろう。本当であるなら何をどう書き間違えたのかの説明があっても良い筈だが、勿論この男は一回もそんなことをしていない。「どんなに恥ずかしかろうが間違えた時に素直にその事を認めること、そしてそれを隠さない事だと思うんだけどなあ」wwwwww

『ユーザの作成したCGMコンテンツは素晴らしい』といった(在り来たりの)」とか「日本でその事に気付いているのは俺一人だ(アホか)」などという言い方で、まるで最初から「ワタシハCGMの味方デス」みたいなふりをする、せこくてみみっちい態度も見逃せない点だw 

アンケートなど取ってどうしようというのであろうか。自分への投票が多かったら今までの矛盾を説明する必要がなくなるとでも思っているのだろうか。逆にオレへの支持が多かったならば負けを認めるのであろうか。オレは別にそんなことは望んでないよ。既に述べたとおり議論ができればいいのであって、そのためにはまずこれまでの疑問に答えてもらいたい。折角blogというシステムがあるのだから。この男には議論によってお互いを高めようという意識が全くない。だから何度エントリしても頓珍漢な言い訳しかできないのだ。真正面から相手に向き合うことが出来ず、議論を避けて逃げ回っているだけの、この小さな男にふさわしい言葉は「卑怯者」に他ならない。

いい機会だから、この男のこれまでの頓珍漢っぷりを振り返ってみよう。

ここギコ! : 要するに、ロングテールの論理は、Amazonのようにあらゆるコンテンツを網羅して提供する基礎がある中で、少数の需要が束になって大きな効果になる、といったところでは有効だけれども、群集によりコンテンツが提供される分野では、うまく働かないんじゃないかと言う気がする。

後に彼は、「俺の意図はコマネチ大学がアップされないのは制作側が認めないからではないことを示そうとしただけ」であると言い出した。つまり特定のコンテンツのみについての主張であったというのである。それが本当なら、「群集によりコンテンツが提供される分野では」という箇所は「コマネチ大学がYouTubeにアップされるか否かについては」でなければならなかった筈である。プ。だから真っ赤な嘘である。プププ。滑稽であるwww

albinoalbinism : その心理は分かるけど、ヘッドになるつもりでアップしても蓋を開けてみたらテールにしかならなかったというケースが大半だし、またその逆もあり得る。供給する時点で完全に需要が見えていることなんかまずないし、それが実現出来るなら誰も苦労しないしヘッドばっかりになってしまうことになる。

そんなことが出来るならば、作家は皆ベストセラー、bloggerは皆、例の「アルファ・ブロガー」となってしまい、そもそもテールというもの自体が存在し得ないこととなる

この辺りはまだ通常の議論なのだが、「前提」を捏造し始めたので事態は急激に香ばしくなっていく。

ここギコ! : 前提が違いすぎる気がするね。ヘッドに入らないコンテンツは、何でも一律テールなんだろうか?

albinoalbinism : 「ロングテールにおけるヘッドとは現存する最も大きな小売店に置いてある商品の集合体(あるいは数)を指し、テールとはそれ以外の商品を集合体として呼ぶ際に使われる。ロングテール – Wikipedia」 そうなんだってばwwwwwwロングテールではwwwwwwwwwwwwwwwwww

ここギコ! : 極めて良質なコンテンツで、一定のニーズもあるにも関わらず、そのニーズがニッチ過ぎてヘッドには上がり得ない味噌テールもあれば、最初から箸にも棒にもかからない、需要もない糞テールもあるだろう。私が論じているのは、糞テールはどうでもよくて、味噌テールの話である。

「最初から箸にも棒にもかからない、需要もない」ものを「糞テール」と定義していた点をよく覚えていてもらいたい。後に彼は「すなわち自分の望む、探しているコンテンツではない時点で、他人にとってどれだけ価値があろうが目的があって特定のコンテンツを探している立場からは『糞』という意味」と言い出したのである。悪文過ぎて読みにくいことこの上ないが、要するに検索対象外のコンテンツが糞である、と全く違うことを言い始めたのである。

albinoalbinism : そりゃあテールの中身にはいろいろあるだろうけど、なんで「糞テールはどうでもよくて、味噌テールの話」に限らなきゃいけないわけwwww 第一、「糞」と「味噌」は、いったい誰がどういう基準で分けるのよwwwwww もしも、ある人が「ここにあるテールは全部糞!!」って判断したならテールはなくなっちゃう訳??

そして、彼の幼児的身勝手さが存分に発揮されている個所でもある。テールを分けるのであればその基準を示す必要があるが、「コマネチ大学」が「味噌」であるにも拘らずアップされていなかった個人的な不満をChris Andersonの理論に転嫁したに過ぎないので、そんなことすら出来ない。質については個人的主観が多いに絡んでくるので下手に一般化できないということも分からないから、「コマネチ大学」を「糞」に分類する人だっているであろうことを想像することも出来ない。

ここギコ! : そういう糞も味噌も一緒にして、テールはちゃんと出てくるのだから問題ないんだよ、というのは話が違う。

albinoalbinism : ロングテールってのは、文字通りテールがロングになるって話なんだから「糞も味噌も一緒にして」いいんだよwwwww 個々の中身について論じたければロングテールとは別の話にしなけりゃwwww

ここまで言うならば「糞」と「味噌」の分け方と分けようとする主体は誰なのかを説明する義務があるだろう。しかしこれまでそれは一回も為されたことがない。都合が悪い部分にはほっかむり、という態度である。

ここギコ! : 家庭用ビデオなんかは糞テールの方だ、そんなのが増えたところでテールが充実したとはとても言えない。本でいうなら、人気ブログでもなんでもないそんじょそこらのブログが自費出版で書籍化したのがAmazonにあるようなもんだ。そんなもんはどうでもいいのだ。

自分が興味のないものはテールですらないらしい。素晴らしい自己中心性である。

albinoalbinism : 多くのV-ResponseやCommentが付いて話題になっているgeriatric1927さんはどうなるのよww もう既にWikipediaの項目さえ出来てるくらいなんだけど? この人のコンテンツは紛れもなく「家庭用ビデオ」であって、しかも「糞テール」どころかヘッドの方に位置しているんだけど?

恐らくこの時点ではgeriatric1927の爺さんのことなんか全く知らなかったのであろう。ちょいと辺りを見回してから自分の言っていることを検証してみれば例外はいくらでも見つかった筈で、それが出来ないのはやはり幼児的自己中心性を軸とした思考しかできないからであろう。

ここギコ! : 見逃した「コマネチ大学数学科」をYouTubeで見たいのに、見れない。YouTubeではロングテール需要に供給が応えてくれないのは何故だ?

albinoalbinism : たまたまYoutubeに「コマネチ大学数学科」がなかったからって、そんなこと知らないよwwwwww(腹痛ぇぇぇ)
一企業であるAmazon が「普通の本屋ではまず買えない」本を提供していたのに対して、「群集」が「提供者」であるYoutubeはテールを揃えられなかったと言いたいんだろうけど、別々のものを取り出して比較が成り立つとでも? wwww じゃあ、YoutubeにあるコンテンツとAmazonにないコンテンツを持ち出せば結論は逆に???

後に「コマネチ大学」限定の話であったと言い出すのだが、どう見てもひとつの例証として言及しているだけだ。ひとつのコンテンツに特定した話であるならば、全体の傾向についての理論であるロングテールは全く関係がない。単なる自分の趣味嗜好を流行りのbuzzwordに絡めて権威付けようとした結果がこの様である。更には、これも後で言い出す「網羅性」とも食い違う。限定の話に網羅性が関与する余地はない。もしも「コマネチ大学」がなかったから「網羅性」がないというのであれば、これはもう子供が駄々をこねているのと同じである。いくらなんでもそんな話は馬鹿馬鹿すぎる。自分が好きなものがあったなら「網羅性」があると言い出すのだろうかwww

ここギコ! : ミクロにそれをアップする個々人の視点で見れば、個人のコンテンツアップに費やせる時間、労力といった点で制限される『陳列棚』が存在するわけで、必然『「1つ1つでは大した需要が見込めないようなコンテンツをアップする」際には本当にそれで良いかをそれなりに吟味する』商売人と同じ心理が働くわけだ。

albinoalbinism : 時間と労力に制限があるんであれば「需要が見込め」るものをアップしようとする心理は分かる(それは前にも言った)。しかし、それによって「群集はロングテールの提供者たりえない」と言ってしまうと、(企業が提供するコンテンツを別として)テールはロングにはならないということになってしまう。SEO的なアプローチとロングテールをごっちゃになってるよ!

彼の頭の中で何と何がごっちゃになっているかをここで述べた。「商売人と同じ心理が働くわけだ」などと言っているが、商売してても売れない商品は発生するので、「ロングテールの論理はうまく働かない」などということはない。何故こんなことを平気で言えるかと言えば、それは勿論「幼児的自己中心性」であり、自分の気に入ったものがなかったからぶうぶうと不満をたれているに過ぎない。

albinoalbinism : 個人の集まりである「群集」がテールの長さをコントロールできるというなら、実例を持ってそれを証明してよ!! 対象とするコンテンツの例はblogでいいんじゃない? 個人がそこそこの需要が見込めるコンテンツだけをアップした結果、短いテールしか示現しないという例を見せて欲しい。

これに対する回答も未だにない。オレは「人気ブログランキング」を使って反証を試みたのであるから、さっさと提示してほしい。

ここギコ! : でも、自分がそうだとは言わないが、世の中にはヘッドも書ければテールも書ける、という人もいる。

albinoalbinism : 「自分もそうだ」って言いたいんでしょ!? そうでない限り、前後の文脈からしてこの部分は全く不要だもんねwwwww

ww

ここまで言えば引き下がるかと思いきや、流石はこれだけの矛盾に何も疑問を感じない人だけあって、平然と次のエントリを上げてきた。香ばしさはますますその度合いを増し、キチガイじみてくるのである。

続く

The liar still be a liar, spreading his lies around blogosphere and self-satisfied. What a Shame! 金曜日, 5月 18 2007 

あー、トラックフィードね。って、詳しくは知らないがw それでいつもResponseが早いのか。いや、ちょっと違うな。「流入」に気付くのと反応するのとは別段階のハナシだもんね。うざいなら無視しときゃいいものを、スルーすることもなく毎回毎回しっかりと応答してもらっていることに素直に感謝せねばなるまいw あげてくるエントリ全てが突っ込みどころ満載でネタの宝庫。「もうやるなよ、今度はやるなよぉ~」という願いを込めて、「『A』と言っておいて反論されると『Bが前提』と言い訳し、それも簡単に論破されると『行間を読めばCであることが分かるだろう』といった具合に、次々と時をかける少女にでもなった気分で目まぐるしく自説を新解釈しては、言ってもいないことを言ったと主張して反論にもならない反論を臆面もなく繰り返す、とても愉快な人物だ。」と書いたのに、今回もしっかり「D」を提供してくれちゃうんだから、笑いが止まらない。

いや、読まれないブログを書くのは別に問題ではないが、そんな側が「ヲチでもしてるわけ?」等と夜郎自大な自意識でモノ書いているのがじつにおかしい。

albinoalbinismペタウザス – ここギコ!

夜郎自大って「自分の力量を知らずに威張ること」でしょ? ヲチしているわけもなかろうから、なんであんなにResponseが早いのかなって言っただけなのに、なんでそれが「夜郎自大な自意識」になるわけ? 「そんな側」つまり「読まれないブログを書」いている奴が「威張っている」のが「じつにおかしい」というなら、アクセスの多いbloggerは威張ってもよい、アクセスこそが「力量」であると言っていることになっちゃうんだけど、流石は尊大な態度をお取りになりますなぁww

ね? 「愉快な人物」でしょ? 何も考えもせずに書いているから、相手を攻撃しているようで、実は自らの「夜郎自大な自意識」を詳らかにしておられるw 毎度のことながら実にCute!

お前が勝手にこの記事からでぶった切っただけで、ちゃんとその記事からも先記事に先頭でリンクは貼っているし、文脈はそこから続いているのだから。

albinoalbinismペタウザス – ここギコ!

予想に違わず今回も反論はなし。「ぶった切った」のはCGMに関してのエントリだったからで、元のLong Tailに関する部分は直接に関係なかったからに過ぎない。「前提」として「論じて」おきながら「主張したいこととは何の関係もない」と言うので笑っただけだ。「テール」を「味噌」と「糞」に分けていたくせに、今度は「検索対象外のコンテンツが『糞』という意味で言ったんだ」などと言いだしたので、きゃー素敵!と腹を抱えただけだ。いったい何が本当なんだよw これらの言説は明らかに矛盾しているが、そうでないと言うなら真正面から反証すればいい。納得させてくれれば「分かりました」と引き下がるが、それすらしないのであれば軽蔑の念は深まるばかりである。

「文脈はそこから続いているのだから」なんて言ってるが、一所懸命「文脈」を遡って言い訳を探しているに過ぎない。こいつがやってることは、猫から始まった一連の話の中で犬には尻尾がないと言ってしまい、そこに突っ込まれると苦し紛れに猫の話をしてたんだと言ってる様なもんだww 滑稽。陳腐。哀れ。惨めったらしい。

「前提を後出しした」とか「先に言ってなかったことを後から言った」とか抜かしてるのは、albinoalbinismが当然以前からの文脈を引き継いで議論しているもんだと思っていたら、どうも勝手に自分の見たところからぶった切って軸のずれたところで議論している、ということに徐々に気付いたからであって、最初の弾さんの記事から見てもらえば別に俺は一貫した主張をしていて、むりやり議論を捻じ曲げているのがalbinoalbinismの方だと判るはずだ。

albinoalbinismペタウザス – ここギコ!

部分は全体を構成する要素なんだから、「ぶった切って」その是非を検証するのはごく自然な行為である。前提や条件に難があれば結論も疑わしいと判断すべきであろう。「一貫した主張をして」いるならば、何も恐れる必要はない筈だ。本論と無関係な「部分」などをあげつらったのだとしたらバカだが、彼が「前提」だの「論じているのは」と明言しているところの、まさに本論に直結する事項を個別に検証しただけであって、それで「軸がずれ」てしまうというのであれば主張に一貫性がない証拠であり、自分の言説を自分で否定しているに他ならない(ことに気が付かないのかよおい)。

これまでオレが提示した様々な疑問に対してただの一回も反論することなく、「前提」を捻出してみたり、「誤読」だと言ってみたり、「行間を読め」、「文脈」だのと言っているのは、それが出来ないからであろう。実際、これまで唯の一回も「ぶった切っ」た部分それぞれについて弁明すらしたことがない。例えば、「ヘッドに入らないコンテンツは、何でも一律テールなんだろうか?」なんて言っていたから、Wikipediaを引いて「それでいーんだ」と言っておいたのだが、これに対する反論はない。テールの中の「糞」と「味噌」を誰がどうやって区別するのか、という疑問に対しても返事はなし。これらについて個別に議論しようよ。何故しない? 個別の事項について触れると拙いことになるから、「ぶった切った」などという表現でそれが何か悪いことのような印象操作をして、本論から切り離そうとしているだけだろう。

要するに、立証することも出来ずに都合の悪くなった自らの言説から逃げ回っているだけであるのは明らかであり、「むりやり議論を捻じ曲げている」と彼が感じるのは、幼稚な自己中心性から来る独りよがりに過ぎず、その証拠に決して立証しようとはしない。自分の意図が伝わらないのはまともな文章が書けないからだ。

この男の文章の拙さは、上記の引用文からも明らかだ。2つに分解してみよう。

「『前提を後出しした』とか『先に言ってなかったことを後から言った』とか抜かしてるのは、albinoalbinismが当然以前からの文脈を引き継いで議論しているもんだと思っていたら、どうも勝手に自分の見たところからぶった切って軸のずれたところで議論している、ということに徐々に気付いたからであって、」

この文章はどこからどう読んでもおかしい。おかしいと思わない奴は、文法が分らないから文章を断片的にしか捉えることが出来ず、更にはそれを自分の頭の中でいい加減に再構成をしてしまう癖の持ち主だ。そのようなバカは論理的思考が身につかないから誤読しか出来ないし、文章を書いても支離滅裂なものにしかならない。こういう奴は世の中にいっぱい出回っており、同じ病を抱えている者同士では話が通じ合ったりする(あるいは通じ合ってもいないのに通じ合っていると思い込むことが出来る)。

この文章はまさにその典型だ。オレがいろいろと「抜かしている」その理由は、彼が「~ということに徐々に気付いたから」であったのだそうだ。へえ~そうだったのかw 「気付いた」で「。」を打って文を一旦終わらせないからこのような羽目になる。「から」を付けたことによって理由の説明になってしまい、更に「であって、」を加えたもんだから、ここまでの文全体が以降への前置きになってしまった。悪文の極みである。

後半部分との関連も不明瞭である。

「最初の弾さんの記事から見てもらえば別に俺は一貫した主張をしていて、むりやり議論を捻じ曲げているのがalbinoalbinismの方だと判るはずだ。」

先の「気付いた」の主語は言うまでもなく彼自身であり、「判るはずだ」の方は読者だ。彼が「気付いたから」読者は「判るはず」なのかw ぜんぜん繋がってないし、文章自体も拙い。せいぜい中学生レベルだ。オレなら「最初の弾さんの記事を見てもらえば、albinoalbinismはむりやり議論を捻じ曲げているに過ぎず、一貫した主張をしているのは俺の方であることが判るはずだ。」と書く。

揚げ足取りだって? とんでもない。このような意味不明の文章しか書けない言語障害が、「誤読」「行間を読め」「文脈」と言ってみても、何の説得力も持たないことがよく分かるだろう。自国語すらきちんと使えないバカが、滑稽にも意図するところが伝わらないのを勝手に怒って「誤読」呼ばわりしているが、自分に表現力がないのが原因なのであって、人は普通に「正読」しているだけなのだ。要は彼が国語の勉強をサボっていただけの話なのである。

そんな彼だから、飽くこともなく自分で設置した地雷を踏んでおり、しかも自分ではそれに気付いていない。

俺の意図は「需要の少ないコンテンツに関しては、個人がアップしようとするモチベーションが喚起されない(一応先に書いておくけど、生活を記録したいとか個人が露出したいとか、そういう別の部分でモチベーションが喚起されるCGM的コンテンツについては話が別)」ことを論証することで、「コマネチ大学がアップされないのは制作側が認めないからではない」ことを示そうとしただけで、CGMがどうとかいう論点に関しては完全にその時の俺の意識にない。

albinoalbinismペタウザス – ここギコ!

今度は「文脈」を持ち出して「コマネチ大学」という特定のコンテンツに原点回帰しようとしているが、上記の引用文からは下記のような結論を引き出すことが出来る。

  1. まず、彼の意図は「コマネチ大学」がアップされない理由を示すことにあり、そのために「需要の少ない~ことを論証した」、と言っている。つまり目的は「コマネチ大学」という特定のコンテンツに関する考察にあったことが明確にされたわけだ(これが自分で設置した地雷だ)。しかし彼は、「起点」となったエントリ「群集はロングテールの消費者たりえても提供者たりえないのではないか」において、「要するに、ロングテールの論理は、Amazonのようにあらゆるコンテンツを網羅して提供する基礎がある中で、少数の需要が束になって大きな効果になる、といったところでは有効だけれども、群集によりコンテンツが提供される分野では、うまく働かないんじゃないかと言う気がする。」と言っていたのだ。主語は言うまでもなく「ロングテールの論理は」であり、結論は「うまく働かないんじゃないかと言う気がする」。どういう場合にかと言うと「群集によりコンテンツが提供される分野」においてであり、だからこそタイトルが「群集はロングテールの消費者たりえても提供者たりえないのではないか」となっている。

    またウソをついている。主語が「コマネチ大学」は、となっていたのであれば兎も角、これだけ首尾一貫して「ロングテールの論理」を語っていたくせに、どこが「コマネチ大学」限定だというのであろうか。糞下らない。どうせまた「前提が~」と言い出すに決まっているが、オレは前提はどうあれ、ここの部分について議論を吹っ掛けたのだ。前提は前提。それが「コマネチ大学」であったにせよ何にせよ、そこから導かれた主張がLong Tail理論についてであったことは明白ではないか。

    kokogiko2.jpgkokogiko3.jpg

    自分が以前に持ち出した前提「テールに糞味噌がある」は、どこへ行ってしまったのだろうか。「コマネチ大学」が「味噌」であるならアップされていた筈である。「糞」であったなら、「コマネチ大学」は家庭用ビデオである筈である。これのどこが「一貫した主張」なのであろうか。更には「網羅性の問題」とも言っていたが、特定のコンテンツについて述べているなら「網羅性」は関係がない。万事がこの調子なのである。

    グチャグチャな文章を書いた本人がそれをグチャグチャな頭で再読み込みしては、なんとか言い繕える箇所はないかと必死になって探している様が窺えて、とても微笑ましいw プライドを保つために自分で自分を洗脳しているから、整合性や一貫性は置き去りである。

    kokogiko.jpg

    ①この嘘が意図的であるなら、かなり間抜けだ。元のエントリを見れば、「コマネチ大学」に関する以前のエントリにリンクしているだけで、「コマネチ大学」という言葉も出てこなければ、「コマネチ大学」に限定された内容になっていないのは一目瞭然であり、新しく捏造された言い訳であることは明白。そのリンクの文章だって「ロングテールな需要を持つ動画はYoutubeではアップされないのではないか」と、複数の動画一般を想定した文となっている。何故なら、「コマネチ大学」という特定の動画を意味するなら、ロングテールのヘッドに位置するかテールに位置するかという議論は出来ても、「ロングテールな需要を持つ」などと書いてしまっては意味不明だからだ。であるからして、自分でもこのとき「コマネチ大学」だけでなく、その他を含めた全体の話をしようとしていたのは明白なのだ。

    自分の好きな番組がアップされてなかったっていう、くっだらない個人的な話を全体(=Long Tail)に敷衍してしまったことが最初から間違っている。既に述べたことだが、アップされてた別のコンテンツで論を引けば直ぐに結論は逆になってしまうではないか。そんなこと小学生でもやらない。

    ②本気で「コマネチ大学」についてのみ論じていたつもりであったならば、「Aである」という意図の下に「Bである」と書いていたことになるので、やはり言語能力において致命的な欠陥を有していることが分かる。こういう人はblogはやらない方がいい。VlogかPodcastに移行した方が誤解を招く確率は減るであろう。そこでも言葉は当然使われるから、最後はジェスチャーくらいしかないwww

    ③数ヶ月を経て、自分でも何を書いていたか把握しきれていない、というのであれば、今頃になって蒸し返したこちらにも責任があろうが、うーん、あんまアタマ良くないね。さぁ、どの理由がいい?

  2. 「需要の少ないコンテンツに関しては、個人がアップしようとするモチベーションが喚起されない」という彼の言い方に、オレは幼児的自己中心性を感じる。「アップしようとする」「個人」は、「需要」を予見出来る、という前提がなければ上の文は書けない。そんなことが出来るならば、作家は皆ベストセラー、bloggerは皆、例の「アルファ・ブロガー」となってしまい、そもそもテールというもの自体が存在し得ないこととなるが、そんな可能性を信じることができるのは幼稚園児くらいのものである。既に何度も書いているが、ニーズの存在が明確となっている分野、ウケそうな内容についてのコンテンツに多くの人が引き寄せられるのは自然の成り行きであるにしても、万人がそのような行動をとるとは限らないし、逆にそのような分野の競争は激しくなって、結果的にテールが長くなってしまうことは小学生でも分かるであろう。

    これは、世界は自分を中心として回っている式の幼児的思考だ。事実「私はロングテールな需要としては多分それなりに有用で、ちゃんと最後まで追求すれば有用な人にとってはすごく有用になるかもしれない続きもののエントリを持っていて」なんて書いていたから、「個人」とは彼自身を指していると思われ、その自意識の高さには辟易とさせられる。オレはすっげえ優秀な書き手なんだけども、需要を考えたら(これも完璧に読めるんだぜ)アップを躊躇うこともあるんだよーん、って言ってるわけだw 恥ずかしくないのかね~こんなこと書いて。

    そもそも単なる個人的な自尊心をYouTubeやLong Tailなどに引っ掛けてひけらかそうとするチンケな権威主義が発端となっていることがその原因なのであって、必然的に主張は歪んだものとなり、また間違いを指摘されても認めることが出来ない。主張の是非など最初から問題でなく、全ては幼児的な自尊心の問題なのだ。毎回毎回、言い訳が異なっているにも拘らず、恥ずかしいとも思わないのはその辺りが盲点となってしまっているからだ。

    そんな「夜郎自大」な内容をLong Tailに絡めて論じていたので、違うのではないかと指摘したのだが、すると「テールを糞味噌に分けることが出来て、論じているのは味噌のみ」とか「家庭用ビデオなんかは糞テールの方だ、そんなものが増えたところでテールが充実したとはとても言えない」とかいうのが「前提」とか言い出し、それにも反論すると今度は「網羅性の問題」と言い出し、今度は「コマネチ大学」限定の話であったと言う。

    特定のコンテンツについての話であったなら、他のコンテンツは直接関係がないから、全体の傾向についての議論であるLong Tailを持ち出す必要なんかまったくないじゃん。同じ理由から「網羅性」とも何の関係もないじゃん。「コマネチ大学」がアップされるか否かだけ話してりゃいいじゃん。まさに「Lousy Excuse」。いったいこれをどう取り繕う気なの?

  3. 「CGMがどうとかいう論点に関しては完全にその時の俺の意識にない」んだそうだ。その時に意識してようがいまいが、「テールに味噌と糞があり、家庭用ビデオは糞テールだ」ということを彼が「前提」としたことには何の変わりもないので、やはり勃興しつつあるCGMの敵であることは明白。加えて今回は、「前提」はもう使えん!!と、代わりに「文脈」という言葉を持ち出して「コマネチ大学」限定と言い出したわけだ。おいおいおいおいwwww

なぜ? なぜにあなたはそんなにウソが下手なの? 毎回違う言い訳をしてそのすべてに整合性が取れてなければウソだとバレるに決まってるでしょw 「ぶった切った」からダメとか言って個々の議論の反証を放棄すれば、逃げてると思われるに決まってるでしょ? いい年して何故そんなことも分からないの? これまでいったい幾つの矛盾した言い逃れをしてきたの?

ぽっと出の若造がアホ抜かしとんとちゃうぞ。

albinoalbinismペタウザス – ここギコ!

ぽ、「ぽっと出」だって。ぷwwwプププwwww どうやらお年を召された方だったらしいw てっきり20代の「若造」かと思ってた。だって幼稚なんだもん。反論も出来ずに前提が違うと言ってみたり、「網羅性という質の問題」と言ってみたり(辞書引きなよ)して逃げ回り、自分に都合の悪い箇所についてはだんまりを決め込む。幼稚だよ。まともな文章も書けないくせに、「誤解された」と言っては泣き言を繰り返している。文責は放棄し、分ってくれないと駄々をこねているようでは、小学生レベルだよ。

あのね。大人だったら、きちっと反論を為すか、しないのであれば書いた内容に関するリスクを黙って引き受けるものなのよ。そのどちらも出来ず、散々言い訳にもならない言い訳を繰り返したのち、最後にゃ甘えに入っている。

もっとも、albinoalbinismは「勉強だけは」原典にあたってかなりしているようだし、その意味からすると俺の「ロングテール」の使い方が間違っていたかもしれない?(よく判らんが)ことがこじれた原因かもしれないが、厳密な学術議論ならばともかく、一般社会で重要なのはむしろ文脈を捉える力のほうだと思うのだが?

albinoalbinismペタウザス – ここギコ!

「こじれた原因」は言うまでもなく、後付の言い訳にあることがまだ分らないらしい。もしも「『ロングテール』の使い方が間違って」いたことを認めるならば、素直に一言「あっそうだね。そこんとこは違ってた。」と言えば良かった筈だが、プライドが邪魔をしてこんなひねくれた書き方しか出来ない。大人ではない。逆に、あくまで正しいと主張するならこちらの批判それぞれについて反証を試みるべきであろう。エントリを書くたびに言うことをころころ変えるようなみっともない様をさらした挙句、最終手段なのか、一般人なんだから許してぇ~と泣き言をたれている。コドモだ。幼稚園児だ。

前にも言ったように、高がblogだ。学者でもないのに学者ばりの議論をする必要はない。間違うこともあろう。必ず正しいことのみを言えなどという強制なんかしていない(出来る筈もない)。但し、他者から突っ込みが入ることもあるのは当然だし、反論できなければ負けを認めたと判断されようし、頓珍漢な言い訳ばかりしていては笑われるだけの話である。それを「厳密な学術議論ならばともかく、一般社会で重要なのはむしろ文脈を捉える力のほうだと思うのだが?」というのは明らかに逃げであり、甘えである。まるで「文脈」という言葉が大雑把という意味でもあるかのような使い方をし、個々の拙劣な部分は全部見逃してくれと言っているに過ぎない。

albinoalbinismは「ロングテール」の提唱者を信奉しているようだしその定義に厳密に従うことを至上命令と考えているようだが、はっきり言って俺は「そんなヤツのことなんてしらない」し、個別に生まれては消える数多の生きている議論の中で、いかに天才だったとしてもそういう全ての議論を想定していたとも思えない「そいつによる固定された定義」に、厳密に従う必要性も感じない。
そんな原理主義的というか福音主義的というか、「提唱者の彼はそんなこといってないからおかしい」みたいな議論に、何の必要性も建設性も見出せない。

albinoalbinismペタウザス – ここギコ!

Long Tail論の難点を指摘してやったぜ風に威張っていたくせに、旗色が悪くなってくると「そんなヤツのことなんてしらない」なんて言って後ずさりを始めたぞwww そのくせ、まだ空威張りをしてやがるw ほんと、みっともない奴だなぁwww 「厳密に従」おうがどうであろうが、誰も強制していないのだから好きにすればいいけど、間違っているんじゃ仕方ないだろwww

オレはChris Andersonの言うことをむしろ疑っているし、また「群集はロングテールの消費者たりえても提供者たりえないのではないか」という主張については、Chris Andersonの理論に合致しているか否かではなく、常識に照らし合わせておかしいと思ったから反論し、その後の矛盾だらけの言い訳については、ひたすら大笑いしているだけである。「原理主義」だの「福音主義」だのという問題でもない。元の理論と異なっていようが、そっちの方が正しそうだと思ったからそう書いたことは上のリンクを辿ればすぐに分かるから読んでみな。そこまで言うなら、英語だからと言って逃げるなよ。(ま、どーせ逃げるに決まっているが。)

そのくせ「他人は皆自分より馬鹿」という視点で書いて落としどころを見つけようともしない傾向があるようだ。

albinoalbinismペタウザス – ここギコ!

このような視点は罵倒系blogに対するお決まりの批判であって、論理で勝てないからその代りに礼儀を持ち出そうとするものだ。バカと言ったくせにきっちりと反証されてしまえば自分が二重にバカになるので、かなりリスクを負ったやり方である点にまでは想像が及ばないようだ。

罵倒されて頭に血が上り、反論もできずに言い訳を繰り返すことこそ、自分が「他人は皆自分より馬鹿」と思っている証拠に他ならない。議論によって自分の間違いに気づけば自分が、オレの疑問が頓珍漢なものであったならオレがひとつ賢くなれるチャンスであり、それこそが「建設性」に他ならないのに、最初からその機会を放棄しているのは結局のところ自分が可愛いだけであって、自分の言っていることこそが正しいのだと自惚れているからに過ぎない。安っぽい自尊心を必死になって守ろうとしているだけだ。だから、うざいうざいと言いつつ無視も出来ないのだ。「何の必要性も建設性も見出せない」のはこっちである。

それでいて、「落としどころを見つけようともしない」などと言って助けを求めているのには苦笑せざるを得ない。そろそろプライドが傷つかない着地点を見つけてほしくなったかw 否定したって無駄だ。そういう気持ちがなければ出てこない台詞だからな。こういうのを語るに落ちるという。

というかお前、落ちてばっかりwww

CGMで活躍する奴と頭からそれを否定する奴 火曜日, 5月 15 2007 

OMG, this is awesome…..!!!

A must watch. Incredible new music video directed by Lasse Gjertsen for the Italian cellist Giovanni Sollima on two of his compositions; “Terra Aria” and “Concerto Rotondo”.

Giovanni Sollima – Sogno ad Occhi Aperti (Daydream) PART II – VideoSift

Redley Scott の Duelist を想起させる美しい映像に激しいCelloの演奏。これはいったい…!?

Giovanni Sollimaというイタリアの作曲家兼チェリストの映像を作成したのは、あのFunkyなにーちゃんではないか。

Lasse Gjertsen (born July 19th, 1984) is a Norwegian animator, musician, and videographer known on YouTube as lassegg.[1] He is best known for his short pieces “Hyperactive” and “Amateur”, which string together short clips of video to create a unique form of video akin to stop-motion animation. His “Hyperactive” video has over 10 million views.

Lasse Gjertsen – Wikipedia

HyperactiveはYouTubeの2006 Video Awards でMost Creative 部門3位となったから、見た人も多いであろう。せっかくだからpart1も見逃す手はない。

This is a music video for the italian cellist Giovanni Sollima, on two of his compositions; “Terra Aria” and “Concerto Rotondo”. Enjoy!

Giovanni Sollima – Sogno ad Occhi Aperti (Daydream) PART 1 – YouTube

彼はKent Institute of Art & Designって所でアニメーションを学んでいたんだけど、そこの先生がHyperactiveを評価しなかったから辞めちゃったんだって。どんだけアタマ固いんだろうね。どうせ古典を崇め奉るだけの権威主義のバカだろうね。

もう一本、彼の有名なビデオを。

Amateur – Lasse Gjertsen – YouTube

これもかなり話題となったので見たことのある人は多いであろう。Amateurというタイトルは非常に示唆に富んでいる。Gjertsen君は楽器の弾けないAmateurなのだが、それでも叩いた一音一音をつなぎ合わせるとひとつの曲に仕上がってしまう。つまりテクニックをテクノロジーがカバーしているわけだ。それだけなら打ち込み系と言われる人たちが一所懸命sequencerに向かって曲を作っているのと本質的には変わらないが、プロでないAmateurはレコード会社と契約をしているわけではないから、作った曲を発表する場は限られていたわけだが、Internetが身近になってからはHPを立ち上げて披露する事が出来るようになったし、Web 2.0とか言われる時代となって更にそのようなことが手軽に実現可能となった。

Internetが新しかったのは、個人が誰でも簡単に情報発信できるようになった点であって、90年代に検索エンジンがポータル化と称して既存メディアの真似に走ったのは、実につまらない行為であった。当時においてそれが正しい選択肢であったとすれば、ユーザーもまた実につまらない代物であったと言わざるを得ない。世紀がかわり、漸くWeb 2.0という名の下で個々のユーザーがコンテンツの担い手となった今、その動きはじわじわと広がりを見せている。

…日本を除いては。

ここでオレはネットに潜む、Kent Institute of Art & Designの教師に匹敵する愚か者を思い起こさずにはいられない。ここギコ!とかいう奴だ。彼は「家庭用ビデオなんかは糞」と言ってCGMを完全否定した経歴の持ち主だ。

彼は単に愚かであるに留まらず卑怯者でもあって、「A」と言っておいて反論されると「Bが前提」と言い訳し、それも簡単に論破されると「行間を読めばCであることが分かるだろう」といった具合に、次々と時をかける少女にでもなった気分で目まぐるしく自説を新解釈しては、言ってもいないことを言ったと主張して反論にもならない反論を臆面もなく繰り返す、とても愉快な人物だ。どうせならエントリを改竄してしまった方が早いとさえ思えるがSS撮られてりゃアウトということがよく分かっているか、あるいは自分が書いたことを後から自分で捻じ曲げても矛盾を感じないfunkyな神経をしているかであろう。

議論にならないまま一方的に論破して打ち切ったのが8月、その後12月に別のエントリでちょいと触れたのだが、なんともスルー力のないことに、Trackbackを送ったわけでもないのにすぐさま何か反応していたようだが、どうせまた言ってもいない「前提」をでっちあげてごたごた反論しているに違いないとthroughしていた。今回、久しぶりに彼の存在を思い出してそのエントリを読んでみたのだが、まったく予想通りであったのには笑った。進歩ねえなぁ、こいつ。

別に自分が信念持って主張していることで、反対論者から何を書かれようが別に構わんが、自分が主張してもいないことで(確かにレトリックでそういう「表現」は使ったが、本筋で俺の主張したい事とは何の関係もない)ごちゃごちゃと絡まれるのは気持ちのよいことではない。

albinoalbinismテラウザス – ここギコ!

なんとまぁ今度は拙いと思った部分を都合よく「主張」から切り離すという荒業に出てきた。鉄面皮は健在のようである。正常な頭を持っている人間であれば、「主張したい事とは何の関係もない」ことを「レトリックで」使うこと自体に不自然を感じる筈で、これでは彼の信者でさえ失望を覚えるであろう。まったく関係ないのであれば、レトリックとしてであれ何であれ、そもそも言及する必要がない。関係があるからこそ言い方を変えたり他のものに例えてみたりしつつ主張を強化していくのがレトリックというものであって、そこへ「何の関係もない」ことを持ち出してきたりしたら単なるバカであろう。

では、このバカが言っていたことを再掲し、はたして本当に「何の関係もない」ことであったか否かを検証しよう。

前提が違いすぎる気がするね。
ヘッドに入らないコンテンツは、何でも一律テールなんだろうか?
そうじゃないだろう。
極めて良質なコンテンツで、一定のニーズもあるにも関わらず、そのニーズがニッチ過ぎてヘッドには上がり得ない味噌テールもあれば、最初から箸にも棒にもかからない、需要もない糞テールもあるだろう。
私が論じているのは、糞テールはどうでもよくて、味噌テールの話である。
そういう糞も味噌も一緒にして、テールはちゃんと出てくるのだから問題ないんだよ、というのは話が違う。

家庭用ビデオなんかは糞テールの方だ、そんなのが増えたところでテールが充実したとはとても言えない。
本でいうなら、人気ブログでもなんでもないそんじょそこらのブログが自費出版で書籍化したのがAmazonにあるようなもんだ。
そんなもんはどうでもいいのだ。

ヘッドでなければ一律テール、ではない。その中に需要のレベルがある。 – ここギコ!

  • 「前提が違いすぎる」 → 何の前提? 議論のだろう。それは「俺の主張したい事」そのものだったのではないのか?
  • 「ヘッドに入らないコンテンツは、何でも一律テールなんだろうか?」 → エントリのタイトルに答えを書いている。「ヘッドでなければ一律テール、ではない。」 タイトルにしてまで言いたかったことが「主張」ではなかったと??
  • 「私が論じているのは、糞テールはどうでもよくて、味噌テールの話である。」 → 論じた以上、どうみても「自分が主張してもいないこと」とは思えない。「私が論じているのは」「主張したい事とは何の関係もない」んですかそーですかww

これはもう「苦しい言い訳」などといったレベルを逸脱している。ここまで明確な主張をしておきながら、都合が悪くなると平然と「俺の主張したい事とは何の関係もない」と言ってのけるこの男の厚顔無恥な神経は常識の範囲を超えている。言われた方はもう、ひたすら笑うしかない。可哀相だが本人は本気で言っているのだ。自分が何を言っているかも分かっていないのだ。「テール」という言葉が何度も出てくるが、そのとおり、議論の主題はLong Tailの話だったのである。それでもまだ「何の関係もない」と言うつもりであろうか。何故、ご丁寧にも次々と自分で地雷を置いては自分で踏んでいくのかまったく理解できない。

「信念持って主張していること」であったか否かとは別に、言っていること自体もおかしなことばかりなので、全てとうの昔に個別撃破しておいたが、それに対する再反論は今日に至るまで一度も行われたことはなく、前提が違うだの行間を読んでくれだの本筋とは関係がないだのといった見苦しい言い訳を繰り返すだけで、相も変わらず自らの矮小なプライドという名の泥水の上を這い蹲っている。高がblogのエントリなんぞに命かける必要はなく、間違ったと思えばさっさとそれを認めてしまえば良いところを、いつまでも意固地を張っていたっていいこと何もないだろうに。

俺が「ユーザのアップしたビデオは糞」と書いたのは、弾さんとの議論でターゲットになった「コマネチ大学」、すなわち自分の望む、探しているコンテンツではない時点で、他人にとってどれだけ価値があろうが目的があって特定のコンテンツを探している立場からは「糞」という意味であって、別に「ユーザのアップしたビデオ」全てが万人にとって糞だというような主張はしていない。
俺の表現が下手でそう読み取れたのならば、ここで訂正する。

albinoalbinismテラウザス – ここギコ!

アンタ、全然そんなこと言ってなかったからw
「訂正」なんかじゃなくてただの改竄だからww

既に引用した通り、こいつはまず「テール」を「一定のニーズもあるにも関わらず、そのニーズがニッチ過ぎてヘッドには上がり得ない味噌テール」と「最初から箸にも棒にもかからない、需要もない糞テール」の2つに分けた。その上で、「家庭用ビデオなんかは糞テールの方だ」と明確に言ってのけたのだ。

はたして家庭用ビデオが「箸にも棒にもかからない、需要もない」ものなのか、この台詞をLasse Gjertsenと10 millionのViewerにぶつけて試して来い。「そんなもんはどうでもいいのだ」って「主張」して来い。そうすればその勇気だけは認めてやる。

「その中に需要のレベルがある」と、誰がどう判断するのか知らないが(多分、こいつだ)、勝手にTailを切り分けて家庭用ビデオを「糞」に貶めていたくせに、今度は検索対象外のコンテンツのことを言ったんだと慌てて言い繕っている。明らかに「ニーズ」とやらの多寡で分けていたんであって、特定の誰かが行った検索の対象であったかなかったかなんて話は一言もしていなかったろう!? 「別に『ユーザのアップしたビデオ』全てが万人にとって糞だというような主張はしていない」だって!? 「家庭用ビデオ」が「最初から箸にも棒にもかからない、需要もない糞テール」だってはっきり言ってるじゃねーかっ!!! 表現が上手い下手とかいうレベルの話じゃねえだろ、おい。反論されて顔を真っ赤にしながらうろたえて、再反論しようにもここまで明確に論破されてはそれも叶わず、仕方がないから自分はそんなこと言ってない、これはこういう意味で言ったのだと無理に取り繕っても矛盾は拡大するばかり。飽きもせずに毎回毎回こんなことばかり繰り返しているが、こんな惨めな戯言を信じるやつがいると本気で思っているのだろうか。書けば書くほど自分の愚かさと卑怯な性根をさらけ出していることに気が付かないのだろうか。

…気が付かないんだろうなぁ、バカだから。

YouTubeが唯のアップローダーと化していること、Rimoなんていうネットを敢えてTVに模したサービスが話題になること、これらの根底にある意識を「家庭用ビデオなんかは糞テールの方だ」という彼の台詞が代表しているとオレは感じている。一方、見ているとネットの「先進国」である欧米ではどうもその先を行っているようなのである。そして、ネットの本質を考えてみたとき、それは自然な成り行きに思える。だから、これからも彼我の差を感じたときに端的に引用できる便利な言葉としてこの台詞を愛用していきたいと思う。

別に彼が家庭用ビデオをどう思っていようがそれはどうでもいい。頓珍漢な論を村夫子然として展開するなら叩くだけだし、卑屈な言い訳は笑うしかない。CGMこそが素晴らしくてプロが作ったものは駄目なんて言ってる訳でもない。資本と才能がたっぷりと投入されたものが面白いのは当然で、それを楽しんじゃいけないなんてこともない。ただ、この先もずーっとこのまんまだったとしたら、詰まらないな、と思ってるだけ。

And what about that art school teacher who dismissed Mr. Gjertsen’s original stop-motion music video? Does he know about Mr. Gjertsen’s rise to prominence on YouTube? “I hope so! I really hope so,” Mr. Gjertsen says. “I haven’t heard anything from him though.”

An Unrefined Musician Uses Stop-Motion Video To Play a Catchy Tune – WSJ Online

YouTubeによって有名となったGjertsenを失望させた例の教師は未だに何も言って来ないらしい。

……くだらん言い訳をするよりはましかな。

[ 追記 ]

このエントリをアップしたのが22時22分、僅か3時間後の1時44分に彼からTrackbackが送られてきた。相変わらず脱帽するほかないResponseの良さ!! こちらからはTrackbackしてないのに(ごめん、まぁだ出来ないんだ)。ヲチでもしてるわけ? 但しTrackbackは8月のこの記事に対して送信された。それは恐らく、こっちのエントリにTrackback URIが記されてなかったからであろう。またまたごめん。なんかwpってthemeによってそれが表示されたりされなかったりでさ、正直よく分ってないんだ。本当に申し訳ない。

で、どんなことが書いてあるのかな、とクリックしてみたんだが、引用したエントリに戻っちゃった。追記があるのかな、と探したが今のところないようだ。こちら側には「����������」と表示されてるんだけど、どうやったの、これ? 普通はTrackbackを送ったエントリの頭の数行が表示されるものだと思っていたけど、技術屋さんはいろいろなテクを持っているのかね。

反論する気がないのか、も一度よく読みやがれという意味なのか、これからアップするから待ってろよという狼煙を上げたのか…。なんでもいいけど、なんか書くなら横に逃げないで、真正面から反論してね:)

逃げ出した 日曜日, 5月 13 2007 

Je vous en prie - 差別発言した私が悪かったのです。_1179021373783
本日を持ちまして、このブログを終了します。

江草さんは私を擁護しようと思ってコメントしてくれたわけではないのです。私に三種類の女(売春婦、精神的売春婦、第三の女)がいることを教えようとして、岸田秀のものぐさ精神分析を紹介してくれたのです。つまり、結婚している女は精神的売春だということになると。妊娠と出産と授乳はどう転んでも女がやらなければいけないこと、いわば、特定一者を対象とする売春であると。不特定多数を対象とする売春も婚姻制度の成立と同時に発生して、婚姻と売春とは女の肉体の商品化という共通の前提に立っている。売春は、男たちのあらゆる社会階層に見合った売春婦が必ずいる。女性差別、女性蔑視のはじまりだと。江草さんは、私にゆきが売春婦と使った言葉を理解させるために、その本を薦めてくれて、決して女性蔑視、差別をしようとして、コメントをしたわけではないのです。江草さんは、頑固頭の私に、気づかせるためにコメントをしてくれたのです。江草さんには多大なご迷惑をお掛けしてしまいました。申し訳ありませんでした。これ以上続けていてもご迷惑になるばかりですので、終了です。

差別発言した私が悪かったのです。 – Je vous en prie

なんだよ止めちまうのかよ。てっきり差別発言全開のネタ・エントリでぶくまを集めるつもりかと思っていたのだが。岸田秀を読んだことがその切っ掛けのように書いてあるが、あまりにも遅いよなぁ。忙しかったのかも知れないけどblogを更新する暇はあったわけだしなぁ。江草氏がどのようなつもりで岸田秀を薦めたのかなんて、普通にコメント読んでりゃ分かる話だし、彼が攻撃されたのは「義を見て…」という言葉を引用したのがまずかっただけだろ。

自分の間違いに気づいて訂正なり謝罪なりするのはあたりまえのことであって、だからと言って必ずしも止めちまう必要はなく、単に逃げ出しただけ。形ばかりの謝罪をして、「これからは沈黙する」とか言っておきながら、その後もぺらぺら喋ってたこのオンナを信用する者などいない。どうせまたほとぼりが冷めた頃にidを変えて始めるんだろ。しれっとした顔してさ。

不用意な発言と言う責任をyukiさんが感じていないのが腹立たしい。

はてなブックマーク > Je vous en prie – 差別発言した私が悪かったのです。

まだなんか言ってるし、意味不明だし。

「著者がすごいすごいと繰り返すだけ」 金曜日, 5月 11 2007 

著者はそれをまるで説明しない。著者がそう思ってるだけ。じゃあ仮説なら、これを仮定すると何かすっきりした見通しがたつのか? そういうわけでもないんだな。で、続いて認識のニューロン原理ってのが出てきて、あらゆる認識はニューロン発火状態のパターンだけで説明できなくてはならないという。これは「その後にはペンペン草一つ生えない」くらいすごい破壊力を持つ原理だそうな。でも、これは証明もされてないし「革新的なポテンシャルがまだほとんど実現されていない」。実現されてないどころか、それで何が説明できるのかも全然まとまらず、著者がすごいすごいと繰り返すだけ。

Do Your Homework! – Cruel.org via YAMDAS現更新履歴

山形浩生は1997年の時点で既に茂木健一郎を取り上げていたのか。その内容はモッチーと少しも変わらないではないか。2人は出会うべくして出会ったのだな。

説明なし。仮説もなし。「著者がすごいすごいと繰り返すだけ」。

まさに「革命だ革命だ」と喚き散らす梅田本そのもの。ひょっとすると、「Web進化論」は茂木を参考にを書いたのかも。「大変だ狼が来るぞ」と騒ぎまくっていれば根拠などなくともそのまんま「すごい」と思い込んでくれる奴が世の中には大量に存在しているので、これはショーバイになるってな具合に。今度のも早くも2刷らしいし。

売れれば売れるほど、モッチーの大好きな「集団の叡智」などどこにも存在しないという事が証明される構造となっている。…なんて本も読まずに言っちゃって、実は素晴らしい内容だったらどうしよう、なんて心配は全くしていない。

寝惚けてるんですか? 木曜日, 5月 10 2007 

  • 超整理法ではないですが、メールは着た順番から返信し続ける。貯めるな!
  • ミーティングなど物理的にPCの側にいない場合は上記の理由で返信が早い

小林さん寝ているんですか? など – 小林雅のBlog

あまりにもくだらないので、細かい突っ込みはしないが、マジで「寝惚けてるんですか?」と問いたい。こんな粗雑な脳味噌で企業評価など出来るのであろうか。

品性下劣 火曜日, 5月 8 2007 

相変らずの下劣な品性と下衆っぷりがなんとも微笑ましい。 「曲がった性根」という自分語りがGJ!

この経済力では、私は子供が3人いますが、私立の学校へ行かせておりまして、上の娘は、この夏から留学する予定がある。とてもじゃないが、それでキレイさっぱり消えてなくなり、それでも足りない額なんですわ。
私も、20代のときはそうだったと書いていますよ。だけど、私は将来の設計図がありましたし体力もあったから、結婚式場の演奏および、お店の弾き語り、などバイトもしましたから、この倍は稼いでいました。
曲がった性根 – Je vous en prie via [キチガイ晒し]id:arisiaのような曲がった性根のババアは今まで見たことねえのだが

とにかく文章が下手くそ過ぎて、親や先祖の学歴を自慢している暇があったら、てめえが国語の勉強をしろよ、と言いたくなる。引用箇所の第一文は「ですます」調と「である」調がごちゃまぜになっているほか、第二文に置くべき「この経済力では」を持ってきてしまっているから、文脈が繋がらなくなってしまっている。人と会話をしているときと同じノリで、未整理なまま文章を放ったらかすからこういうことになる。

内容はと言えば、要するに「あらあなた、そんなちっぽけな年収しかないの。あたしなんかもっと稼いでたわよ。オーホホホ。」という下らない自慢であって、本当に低収入で満足している(と勝手に判断しているのはこの女だが)ことの危険性を指摘したいのならば、こんなことを書く必要は微塵もない。他人を貶めることによって自分が優越感に浸る、という卑しい心理は誰にでもあるが、あからさまにそれを表に出せば自分の下劣さを宣伝することになるし、ちょっと気分がいいだけで大したメリットもないし、上には上がいるという世の中の常識に頭が回るくらいの知性があれば、自分より上位の奴に同じ内容で差別されるのは火を見るより明らかであるので普通は控えているものだが、そんなことは一切お構いなしに平気でぶちかましているところがあまりに素敵すぎる。

元娼婦を差別したときにはケチョンケチョンにやられてすごすごと引き下がったくせに、当の元娼婦が弄くられ過ぎて体力を消耗したと見るや、すぐさま引用エントリリンク集など作って元気になっちゃう始末。そのエントリのタイトルがなんと「心に残る文章」とかいうもので(爆笑)、自分に都合のいい面しか見ようとしないこのオンナのバカさ加減が炸裂していて笑えるばかりか、こいつのビョーキは筋金入りであって何の反省もしていないことがよく分かる。元娼婦のエントリの方に皆が集ったのは、そっちの方がこいつよりも遥かに面白い内容であったからに過ぎないのに、何を勘違いしたのか、今度は逆に差別的発言を利用してアクセスを集めようとしている。

なんか言われると直ぐに「私の顧問弁護士にも相談して」とか「法的措置を取ろうか」なんてチンケな虚仮脅しをかけるくせに、「今後、 『arisiaさんに苛められたから自殺します。』と言う遺書を書いて死んでもらうまで、苛めるかもしれないですよ」と、自分が脅迫めいた発言をしているところもご愛嬌。弁護士さんも大変だろう。こんなバカオンナの愚痴と自慢話の交じり合った悪口に付き合わなければならないのだから。

私は地獄を抱えた闇を覗いている人間だ。

これからは沈黙する。 – Je vous en prie

うっそでぇえええ。
こんなバカにどんな闇が覗けるってんだよ。最高にワロタw 

つーか、これも自慢。どんな分野でもそうだが、つまらない自慢をするのは必ず半可通。スポーツでも何でもいいのだが、ちょっと上達してくるとそれを吹聴したくなるでしょ。でもそんなのはまだまだ入り口にいるに過ぎない。トップにいる奴はそこに至る過程の過酷さや、それを維持するためにどれほどの努力が必要かを知っているから、とても自慢なんぞしている余裕はない。それをさらっと「私は地獄を抱えた闇を覗いている人間だ」ぁ!!ときたもんだ。こっちは、心の貧しさを抱えたオンナを覗いてしまったところなのだがw この辺りの軽薄さはちっとやそっとで習得できるものではない。素晴らしいとしか言いようがない。

まただよ 木曜日, 4月 26 2007 

まただよ。また、有名人気取りの技術屋がエラソーに専門外の分野に意見してるよ。自分の畑以外の場所にも意見や感想を抱いたりするのは別にいいし、知識不足から少々間違ったことを言ってもフツーはご愛嬌だが、コイツの場合は何を勘違いしてるのか知らんが「提言」ときたもんだからな。偉そうな事ぶちあげる前に少し勉強してこい。正直むかつく。このテのニセモンがblogには多過ぎる。

今回は、以前のドリコムに関するエントリを逆転させたかのように露悪的な内容。しかし、その「錬金術」とやらは、要するに仕事を与えて成長企業のように見せかけて上場したら株を売り抜けるだけの、誰にでもすぐに思いつく陳腐なもの。で、先に行けば行くほど半可通が露呈してハナシがワケワカメになってる。バカか。

そこで、一千万円を投資してそのベンチャー企業の10%程度の株を取得する。その企業としては、会社の現在価値を九千万円と見てもらったことに相当するので、大喜びだ。
21世紀の錬金術:Web2.0バブルで一儲けする方法 – Life is beautiful

この間覚えたばかりの単語を振り回して「大喜びだ。」wwwwwww 将来C/Fを算定したわけでもないのに、なんでわざわざ「現在価値」なんて言い方してるワケ?? どこに割引計算する必要があるのよ!? 何を割引率いくらで引き直したって言うのかwwww 買う時点の評価が「現在」の「価値」であるには違いないけどさwwwww、フツーそんな言い方する奴はいないってwwww いたら、こいつと同じカッコ付けのバカwwww もしもオレが「オブジェクト指向とはSQLのことである」なんて言ったら大笑いだろ? それをヘーキでやってるのがこいつ。みっともねえったらありゃしない。

そしてマザーズかヘラクレスに上場。会社の現在価値を利益の80倍ぐらい(利益が一億円だったとすれば80億円)に設定し20~30億円程度の資金を調達する。上場前に再度マーケティングのてこ入れをして人気をあおり、初値がPER 200ぐらいの馬鹿げた価格に吹き上げるように持って行き、そこで持っている株を一気に売り抜ける。思惑通りにことが運べば、この時点で20億円近くのキャピタルゲインが得られる。
21世紀の錬金術:Web2.0バブルで一儲けする方法 – Life is beautiful

ここでもまたやっとるwwwww 「現在価値を利益の80倍ぐらいに設定」って何を言ってるのかさっばり分かんねwww 時価総額のことを言いたいのか!? 80倍ってひょっとしてPERのこと?? 素直に、「利益が100百万円のとき株価をPER80倍で評価すると、公開株数は全体の2、3割程度だから、凡そ2,000~3,000百万円程度の資金調達が可能」って言えばいいのに、格好つけて覚えたての専門用語を振りかざすとこういう意味不明な文章になる。

まさか「PER200ぐらい」というのは、投資額「一千万円」が「20億円近く」、つまり200倍になったことに符合させているんじゃないだろうな~。だとしたら投資時のPERは1倍であったことになるが、PER(株価収益率) = Price(株価) / EPS(一株あたり利益)の右辺の分子分母にS(発行済株式数)を乗算して整理するとNP(純利益) = Price * Sとなる(EPS = NP / Sだからね)。右辺はつまるところ時価総額であって、これは投資時「九千万円」であったのだから、それが純利益と同額ってことは、当時から既に「九千万円」の純利益が出ていた、小規模VBとしては割とまっとうな会社ってことになる。「この段階での発注額は二~三千万円ぐらいに抑えて」おいたので、そこから上がる純利益は「九千万円」のうちのほんの僅かに過ぎない筈であるが、果たしてそんなもんで「それでもこの会社にとっては「最大の顧客」となる」ことが出来るのか?? もう前提からして怪しいじゃんwwww

相次ぐ昨今の不祥事を目の前にして自らが属するIT業界に警告を発してるつもりなんだろうが、実は覚えたての金融用語をひけらかしたいだけに過ぎない。したり顔でこんな頓珍漢なこと言って悦に入ってるのが傍から見ると滑稽で仕方がない。日経の「領空侵犯」シリーズを気取っているのか? みんなもっと突っ込めよ。

[ 追記 ]

今頃思い出したけど、去年わが国でもYouTubeが認知されだして著作権が問題視されたときに「引用」とか言い出したのもこいつじゃないか。そのときもしっかり叩いといたけど、昔から思いつきをそのまま口にする奴だったんだなwwww

Your proposal is ugry 水曜日, 4月 18 2007 

とあるIT系企業のCEOの方が、東証証券取引所に対して「提言」をしておられます。

まずは、京都大学のコミュニティサイトのこの書き込みを見ていただきたい(日付に注目)。

1. あ 2006/02/05(日) 22:02:43
2/9に東証マザーズに上場するドリコム、社長が京大卒。
売り上げ2億なのに、公募段階で時価総額150億。
1年前に1500円でばら撒いた株券を76万に設定。
そのばら撒いた相手が売り上げの過半数を占めるという不気味な関係。
社長は1万株ホルダー、時価100億円。
どう見ても売り抜け目的の上場。
大問題になると思われるので監視を。
kyoto-u.com > 談話室 > 議論 > 疑惑のドリコムより引用】

このままでは信憑性の薄い「怪情報」でしかないが、もしこれが真実であるならば、違法な「売り上げの捏造」である可能性すらある(証券取引等監視委員会は、今後のためにもしっかりと調査をする必要があるだろう)。

マザーズへの提言 – Life is Beautiful

引用されているのはドリコム上場時のkyoto-u.comの掲示板のようで、「日付に注目」とのことですが、どのような意味で仰っておられるのかがよく分かりません。上場する前の段階から問題が指摘されていたことを仰ってられるのでしょうか? はい、皆さん既にこの段階でお気づきのようでしたが、それが何か? 中島様はご存じなかったのでしょうか。同社は最近になって業績の大幅下方修正を発表したので、それを切欠として提言をお書きになられたとか?

「信憑性の薄い『怪情報』でしかない」とのことですが、いずれも目論見書等で開示されている情報ばかりであって、別段「怪情報」などといった類の内容ではありません。また、何故これが「違法な『売り上げの捏造』」になるのでしょうか。友好関係を深める為や提携に伴って取引先に株式を保有してもらうことは一般的に行われております。そのような行為は果たして「違法」行為なのでしょうか。またどんな法律に違反していると仰るのでしょうか。所謂「持ち合い」と呼ばれる行為を行っていた企業は、昔から違法行為を行っていたのでしょうか。

「ばら撒いた相手」と書かれた株主の保有比率がどの程度であったのかまでは存じませんが、恐らくは特別利害関係者あるいは財務諸表規則が規定する関連当事者には該当しない程度だったのではないでしょうか。該当したのであれば、その場合には規則に則って開示されていた筈で、それ自体に問題はないと存じます。これは上場審査の問題であって、公正な市場取引の維持を主目的とする証券取引等監視委員会はあまり関係がないかと思われます。失礼ながら、新聞等でよく目にする名称を不用意に混乱して使っておられるようにお見受けしますが如何でしょうか。

マザーズの上場基準に関してだが、

1.売り上げが高々10億程度の企業は上場させない
2.資本関係を持つ企業からの売り上げは明示しなければいけない
3.インサイダーによる株の売却は、上場後数ヶ月(たとえば9ヶ月)禁止する

ぐらいの条件は付け加えるべきであろう。1と2は、売り上げの捏造を防止するためのもので、3は創業者たちによる「売り逃げ」を禁ずるためである。

マザーズへの提言 – Life is Beautiful

東証Mothersや当時のNasdaq Japan、その他の新興市場が創設された目的は「売り上げが高々10億程度の企業」にも資本市場からの資金調達の道を開くためだったのですが、そもそもの趣旨をご理解いただいていないようです。また売上高が「高々10億程度」であると、それが「売り上げの捏造」に繋がるご意見も理解に苦しみます。中島様はどの程度の売上規模であれば「売り上げの捏造を防止」できるとお考えなのでしょうか。売上の規模が「捏造」に対して何を担保するというのでしょうか。期間収益の規模と粉飾行為の間に直接の因果関係はないかと存じます。

「資本関係を持つ企業からの売り上げ」については、前述のように規則・制度が整備されております。それで十分とかどうかは議論のあるところでしょうが、少なくとも、それらが開示を要求しているのは「取引」全般であって、中島様の仰るように「売り上げ」に限定している訳ではありません。「インサイダーによる株の売却は、上場後数ヶ月(たとえば9ヶ月)禁止」するとのことですが、これは上場時の売出を禁止するということになりますね。なるほど、確かに経営者が「売り逃げ」した後に業績下方修正を発表するという事例が散見されますので、これは一理あるかも知れません。しかし、売出を禁止して公募増資のみとするならば、市場で流通する株数が従来に比して減ってしまいます。だからといって公募株数を増やして必要以上に資本を調達するのは本末転倒ですし、資本コストも無意味に上がってしまうこととなりますが、そのような事態が生じる可能性についてはどのようにお考えなのでしょうか。また、Green-Shoe Optionについてはどのような対応をすべきと考えておられるのでしょうか。ともあれ、UIE Japanが上場する際には、決して売出は行わないとの決意表明と受け取れますが、そう理解してよろしいでしょうか。

この手の事件が起こると、「欲の皮が突っ張った投機家が損しただけだ」という言葉を良く聞く。確かにそれにも一理あるが、こんな状況を放置していては、日本の株式市場は投機家とデイトレーダーの「ババ抜きゲーム場」以上のものにはなりえない。一般投資家が安心して株式に投資できる環境を整えることが日本の経済を本当の意味で復活させるためには必須だと私には思えるのだが、どうなのだろう。

マザーズへの提言 – Life is Beautiful

「一般投資家が安心して株式に投資できる環境を整える」ことは大変重要ですが、「投機」も市場における円滑な取引のためには必要です。市場参加者の中には様々な方がおられますが、むやみに色分けするのもどうかと思います。CSS中のクロスサイト・スクリプティングに脆弱性が存在するからといって、javascript言語そのものを禁止しなければならないということにはならないでしょう。要は運用の問題であって、安易に根拠に乏しい規制を強いるのは如何なものかと存じます。失礼ですが、「欲の皮が突っ張った投機家」の方が、中島様よりよほど市場関連の知識に長けていると思われます。本当に「提言」される気がおありであれば、ご自分のblogに書くよりも、直接東証に対して意見書を提出されたほうが効果的なのではないでしょうか。尤も、中島様が仰る程度の内容であればMothersの構想を明らかにした当時から多数頂いておりますが。

以上、東証Arrows広報部でした(大嘘)

大丈夫かグロービス 水曜日, 4月 11 2007 

この前、公募価格が公開前増資の値段を下回る形でIPOを行っていた会社に関する日経の報道について触れたが、既に2月の時点でそれについて書かれていたエントリがあったようだ。そして、それに関連する形で「Pre-IPO」の「投資戦略」について書かれた別エントリがあったので読んだんだが(Pre-IPOの定義は「1年以外に上場することが見えている時点での投資」だそうだ)、激しく頭が混乱するような記述がそこかしこに見られたので記しておく。

上場時の公募価格以下で投資を行うこと。 

Pre-IPO投資の投資戦略 – 小林雅のBlog via 六本木系CFOの「自由奔放に生きよう!」ブログ

当たり前じゃないかwwww  IPOをExitの最有力手段として考えているならあまりにも当たり前のことだ。ましてや、ここで述べられているのは「Pre-IPO」段階での投資であるのだから尚更だ。VCによっては公開しても直ぐには売らないという姿勢のところもあるかも知れないが、未上場投資においては、まずはこれが基本的な線であって、わざわざ書くほどのことではない。問題は、公開直前まで公募価格が幾らになるかなんて分からないし、あたりまえだけど、VCがそれに関与することも出来ないってことなのよ。ご本人も「この投資戦略の課題は、投資した時点の株価 と IPO時の公募価格の差を読むのが難しいこと」と書かれているが、それではどのように評価すべきについて独自のアイデアを披露している訳でもない。従ってここには何も書かれていない。

基準期での第三者割当増資で引き受けた株式は会社法で上場後 180日間の株式譲渡は制限されます。 

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会社法のどこにそんなことが書いてあるんだよwwwwww 第何条第何項なの??? これは取引所が決めた上場前規制(例えば東証なら「上場前の公募又は売出しに関する規則」だとか)の話であって、会社法にそんなこと書いてあるわけないだろwwwww エントリの冒頭に「ベンチャーキャピタル業務に従事している方など背専門的に投資を行っている人 を対象としています」なんて書いて、如何にもプロがプロに向けて書く高度な話であるかのように装っているが、自分が素人丸出しでは世話がない。

一番としてはいかに「割安」で株式譲渡で買い取ることができるかがポイントだ。割安とは、公募価格に対して20-50%のディスカントしたくらいの株価のイメージと考えたほうがよい。 

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さっき、公募価格を読むのが難しいと書いたばかりなのに、どうやってディスカウントさせようってんだかwww

時価総額の絶対値としてしっかり見るという点と、PERの低さがポイントだ。 

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「時価総額の絶対値としてしっかり見る」って、何を? そもそも「時価総額の絶対値」というのがさっぱり分からない。時価総額なんてそのときの株価に発行済株式数を掛けただけのものなんだから、上場して毎日ころころ株価が変わるようになれば、それに合わせて変化してしまう。そりゃ、1日2日では大した変化はないけど、絶対値というのもまた変だ。未上場の段階で言っているのであれば、それは結局pricingの話に過ぎないではないか。

割安というのは20-50%ディスカウントといったような数字のイメージを持つことが重要だ。IPOするから投資するというのは間違いだ。 業績の予想の仕方 や 公募時の株価の予想など、計算式をつくり判断するといった作業が重要になる。公募価格から初値は50-100%アップのイメージだ。どの程度の売買ができるかとか、

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「20-50%ディスカウント」して「公募価格から初値は50-100%アップ」ってことは、最大限、400%のアップを見込んでいるということですね?最近は公募割れが増えてきて悩んでいるというのに、この人の頭の中はまさにIPOバブル。それでいて「IPOするから投資するというのは間違い」って言われても、全然説得力ねえべさwww  なんか文章は途中で終わっちゃってるし、「てにをは」がおかしいところが各所に見られるし、酔っ払ってエントリを書き飛ばしているようにしか見えないんだけど??

堀江と技術とライブドア 土曜日, 4月 7 2007 

数字が作れるのはファイナンス部門だけである。ここでファイナンス部門はすでに買収済みであった証券システムの開発、コンサルティングを手がけるインタートレード*1を売却して売上を作ってしのぐ。まさにこの時、この瞬間からライブドアが売上を作っていく上でのファイナンス部門依存がが始まった。

宮内さんは本書の中でこう書いている。堀江さんは天才的な事業の読みの確かさを持っていた。一方でライブドアはその読みを事業にしていく実力はまだなかった。このギャップが常に存在していたと。

虚構-堀江と私とライブドア – kawasakiのはてなダイアリー via はてなブックマーク – 注目エントリー一覧

おいおいおいwww 小飼弾はいつもLivedoorの技術力を云々しているけど、やっぱり会社全体から見たらそんなこと全然関係なかったんじゃんかよww 苦しくなると子会社を切り売りして利益を増やしていただけ。それのどこが「天才的な事業の読み」なんだよwwww 現実を無視したトップがイケイケで号令かけるもんだから、仕方なく下が無理しまくって破綻するっていう、昔からよくあるパターンに過ぎないじゃんwwww 技術技術ったって、サービスは猿真似ばかり。Flickrそっくりの写真サービスを始めたときには反吐が出たぜ。ありゃライセンス受けたローカライズなんかじゃなかったろ? 「Livedoorなんとか」って名前で提供してたもんな。猿真似が必ずしも悪いとは限らないけど、この会社からは何のポリシーも感じなかったな。別にそれは技術者のせいじゃないんだろうけど。高い技術を持つエンジニアを擁し、既に他人がそこそこ成功させているサービスを展開しても、ファイナンスを弄らなきゃ成長できなかったところに問題があるんじゃないの?

安易にDCFに走るシャチョーさんたち 木曜日, 4月 5 2007 

今日の日経14面(投資・財務1)に「IPO相場低迷 公開前の増資価格下回る」と題した記事が掲載されている。要するに、上場の際の公募増資価格が、それ以前に増資を行ったときの値段を下回っちゃったので、含み損を抱えた株主が発生してしまった、ということだ。いい気味だ、自社の株式に分不相応な値を付けてカネを巻き上げるからこういうことになる、けーけけけ。と笑うのは簡単だが、損をこいたのは前述の通り、恐らくは経営者ではなく、公開前の私募に応じた連中だ。尤も、VCとか金融機関であればプロなのだから同情の余地はない。見通しが甘かったということになる。お友達企業とかそこのシャチョーさんとかなら(フリービットの目論見書にはミキテイの名前が載ってるねw)、どうせお付き合いで深く考えもせずに買ったのだろうから、今後ともよろしくお付き合いをすればよい。一方、従業員は可哀想だ。自分が仕えている経営者を恨むほかない。でも実株でなくストック・オプションなら支出がないので実損もない。ま、費用扱いになっちゃったから、過去の労働が損か…。

なんでこういうことになるのか。記事ではゴルフパートナーを例に、「増資した05年当時はIPO相場が過熱気味で、つられる形で増資価格も高く決まりがちだった」としているが、調べてみると、取り上げられている5社(フリービット、ジーダット、ゴルフパートナー、AQインタラクティブ、ウェブドゥ)のうち、相場に釣られそうな価格の決め方をしていたのは、ジーダットの「純資産方式と類似会社PER方式の併用」のみで、後は全部DCFを利用する形で決められている。

フリービット……………「DCFと時価純資産価格法を勘案」
ジーダット……………「純資産方式と類似会社PER方式の併用」
ゴルフパートナー……………「類似会社比準方式及びDCFを参考に協議」
AQインタラクティブ……………「純資産方式とDCFを加重平均」
ウェブドゥ……………「DCFと類似会社比準方式の折衷」

上記のうち、「類似会社比準方式」は既に上場している企業の中から似通った事業を行っているところを抜き出して参考とするから、相場に釣られることもあろうが、その他は相場とはぜーんぜん関係ない。だから日経の説明は正確ではない。ホントは記者だって分かっているが、話がややこしくなるのでわざと分かり易く書いただけである。しかも、「勘案」だの「併用」だの「協議」だの「折衷」だのと、まことに曖昧な言葉ばかりが並んでいることにお気付きのことと思うが、要するに参考価格が出た後はテキトーに決めているだけの話である(「加重平均」のみ、一見キッチリ決めているように見えるが、よく考えるとこれも分からない。いったい何をもって「加重」したのだろうか)。

さっきから何が言いたいかと言うと、要は、公開前の増資価格の高騰は、相場に釣られてなんかじゃなく、主としてDCFによる弊害が大きいんだよってこと。じゃ、DCFって何さ? って話になるんだが、その前に、あまり詳しくない人のために全体の流れをおさらい。

企業は上場していようがしていまいが、決められた枠の範囲内でいつでも増資を行って資本を増強することが出来る。だから、上場の際に行う公募増資以外にも、それ以前の段階で必要であれば、そしてお金を出してくれる人がいれば株式を発行できる。そのとき、1株いくらで発行するかは原則として取締役会で決定できることになっているので、要するにオーナー企業であればそこのシャチョーさんが自由に決められる(算定方法はいろいろある)。ところが上場の際の公募増資においてはそうはいかない。引受証券会社の意見が入るからだ。取締役会が増資価格を決めるってのは会社法の決まりだから、形式的にここは変わらないのだが、公募増資のときはヘンな価格を設定しようとしても、株式を引き受けて投資家に販売する証券会社の方が難色を示すので、実質的にシャチョーさんが一人で自由に決めるというわけには行かなくなってくる。勿論、証券会社に決定権があるわけではなく、ちゃんと「ご相談」をするんだが。

証券会社にとっては、そのシャチョーさんもお客さんだが、他方ではシャチョーさんが発行しようとしている株式を買ってもらう人たちもやっぱりお客さんだから、一方のみの意見を尊重するわけには行かない。やたらと高い値段を付けて販売しても、上場後に下がりでもしたら他のお客さんの迷惑になるでしょ。そんなこんなで、上場に際して「シンチョー」に決めた価格が、それ以前にノリノリで決めた株価を下回っちゃう場合も出てくるというわけだ。

長くなってしまったが構わず続けるw 「チェック」するだけのU35連中はとっくに他へ行っているだろうwww

で、DCFなんだが、これはDiscounted Cash Flow方式という価格決定方法で、簡単に言うと、①予想業績から予想のキャッシュ・フロー(現金を幾ら稼ぐか)を算出して、②それを現在価値に直し、③株数で割って1株の値段とする、というやり方である。このやり方は、純資産方式や類似業種/会社比準方式などと違い、「想定」だらけなのでやりようによってはどんな株価にでも操作することが出来る。これが株価が高くなりがちな理由であり、また、そうしたいシャチョーさんたちに好まれる原因ともなっている。

世のシャチョーさんたちは、とにかく自社の株価は高い方がいいと思っている。高い方がいいのは、その通りなんだけど、同じ量の資金を集めるにしてもその方が自分のシェアの減り具合が少なくて済むとかいった戦略的な理由なんぞはちっとも理解しておらず、兎にも角にも高い株価を付ければ自分の会社がピカピカになったような気がして単純に嬉しがっている輩が多い。「ワシんとこは、もうすぐ上場するんやでぇ~。だから、このくらいの値段は当然や。アンタにも少し分けてやるさかい、買うときや!!」って感じの手合いが実に多い。確かに株価が高いのは大いに結構なことである。が、実態に反して高すぎるとしたら、これは問題だ。

で、実態に反して株価を高くしたいときによく用いられるのがDCF法というわけなのである。

この方式がどんなに便利なものかを簡単に説明しよう。まず上記の①の部分。予想業績ってのは大抵の場合、その会社が作成した事業計画書中の利益計画を持ってくる。つまりシャチョーさんが鉛筆なめなめで書いたバラ色の未来図でもオッケーなわけwww これをキャッシュ・フローに直すのは、減価償却費を戻して(加算)してやる程度の簡単なやり方で行われていることが多い。前もって固定資産購入時の現金支出を差し引いておくのだが、中にはこれをomitしている酷いものもあるwww ま、この辺りは分からなくても結構。

②の現在価値に直すってのは、要するに複利計算の逆をやるだけ。100万円をX%で何年か回したらY円になるとするでしょ。この場合はY円の方が(バラ色の)予想利益として先にあるので、それをX%で割引計算(discount)を行って、現時点の価値に直しましょうってだけの話だ。ここで問題となってくるのは何%で戻せばいいのかってこと。この値が計算結果に大きく影響してくるから、ここは重要。株だから銀行金利や債券利回りは使えないよ? (後者は部分的に使うけど) 

これについては、理論的に正当と思われれば何を使ってもいいんだけど、実際にはCAPMという有名な公式が使われることが多い。面倒だしここではその必要もないのでCAPMの中身については省くけど、これもパラメータとして置く値をどこから引っ張ってくるかによって結果が大きく変わってくる代物(特にβ値)。酷いのになると、わざわざCAPM使って計算しておきながら、それでは「都合のいい株価」にならなかったのか、何の根拠もなく20%とか30%とかいった数値を資本コストとして採用して、ヘーキな顔をしている奴までいるんだ。(ノД`) これはもう算定とはいえない。

まとめると、そもそもの大前提である予想業績がシャチョーさんらの想定、計算過程においても想定を多用せざるを得ない構造となっており、中には計算すらしないでテキトーな値をでっち上げる奴までいる、ってことだ。

(計算はシャチョーさんにはムリなので、専門の算定屋に依頼することが多い。こいつらショーバイだから、シャチョーさんに「この値段でお願い」って言われたら、結論ありきで過程をでっちあげたりする。計算は横文字ばかり出てくるので一見、高度に見えたりするが、面倒なだけで実は大したことはない。Excelがあれば中学生にだって簡単に出来る。データを集めてくるのがちょっと大変なだけだ)

さあ、こうなってくると、何だってそんないい加減な方法がまかり通っているんだ、って思う人もいるだろうが、それは勿論、それなりに需要と必要性があるからに他ならない。起業直後のVBなんかは実績がないので純資産方式では評価できない、とする意見もある。まだ海のものとも山のものとも分からないのだから、そのまんま評価しときゃいいと思うんだけど、「将来性を加味して評価しなければならないっっ」なんていきり立つバカがごろごろしている。そういうのに限って現実を無視したちょーちょーバラ色なぎ業績予想といい加減な計算で弾いた算定書を持ってくるんだわ。債務超過に陥っていたりなんかすると、純資産がマイナスだから困ったことになるけど、だからと言って矢鱈に高く評価すればいいってものでもない。

株価を買う方のVCなんかはプロだから、DCFの危険性は最初から分かりきっている。それでも、固めに見積もった公開価格で採算が取れると踏んだら、投資することもある。高すぎるよと思いつつ出資してみたけど、上場したらもっと高い値段がついたりして、ウハウハ!となる場合だってあるから、取れるリスクは取る。

一個人にはそのような判断は困難なので、DCFと聞いたら伝統的算定方法で計算されたものよりも高くなってるな、と思っておいた方がいい(そうでないならDCFを使う意味は殆どない)。その後は自己判断で買うのも良し、買わないのも良し。DCFだからといって、必ず損をするという訳ではない。むしろ個人にとって未公開株が手に入るチャンスは滅多にないので、多少の危険を冒すのも悪くはないだろう。あなたが従業員でそれがオプションなら、取り敢えずは無料で貰っとけばいい話だ。

肝心なことは、DCFの大前提となっているのは予想業績なのだから、その通りに利益が推移しない場合、株価は直ぐに合理性を失ってしまう、ということを理解していないシャチョーさんが多すぎる、来期は経常利益が5億上がります、なんて言ってるケースに限って10億の赤字になってしまうことも珍しくないってことだ。IPOブームに浮かれてあまりいい加減なことをやっていると、相場が低迷したときにしっぺ返しを食らう。

[ 追記 ]

去る23日、証券取引等監視委員会は、HS証券の過去の行為が証券取引法違反にあたるとして、金融庁に処分を勧告しました。
金融庁リリース
nikkeiの報道によれば、2004年の21LADYの上場時に、

21LADYの社長は公募価格を設定する際に「時価総額100億円となる価格が妥当」、「最低でも以前発行したストックオプション(株式購入権)を上回らなければならない」などと主張。これを踏まえ、エイチ・エス証券の元公開引受部長は理論値の約2.3倍に当たる想定公募価格を設定した。機関投資家へのヒアリングなどを踏まえ、最終的に公募価格を同1.8倍の11万円とした…

ということが問題視されているそうです。

名古屋は再び火の海に – VC一夜漬blog

あっそうか!! HSに頼めば良かったんだ!!

ちなみに最後に発行した予約権の行使価額は133,333円、公募価額は110,000円。
初値は94,000円で今日の終値は49,950円ですが何か?

…いや、何かが間違ってると思うのですが。

名古屋は再び火の海に – VC一夜漬blog

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